
写真を拡大する | 弥彦温泉街に向かって立つ一の鳥居。
深い色合いが独特ですね。
一の鳥居を潜ると、彌彦神社の神域です。
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写真を拡大する | 鳥居を潜ると御手洗(みたらし)川という小さな流れがあった。
弥彦山から流れてくる清流で、祭礼の際には、氏子の人たちが、この川で禊をするとのこと。
奥に見えるのは、神様が渡ると言う御神橋「玉の橋」。
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写真を拡大する | しばらく歩くと、参道は左手へと折れます。
ちょうどその曲がり角にあった手水舎。
色彩の乏しい参道で、通りかかった巫女さんの袴の朱色が映えます。
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写真を拡大する | その手水舎の向かい側には、御神木の椎の大木がありました。
なんでも、伊夜彦神が、携えていた椎の木の杖をこの地に挿したところ、やがて芽を出し大木となったものだそうです。
明治45年(1912)の火災で社殿とともに焼けたものの、再び芽を出したそうだ。
神秘的な雰囲気がありました。
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写真を拡大する | 参道途中の風景。
杉木立が美しかった。
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写真を拡大する | 参道の脇に立っていた石灯籠。
新しそうですが、苔むした感じが良いですね。
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写真を拡大する | 鬱蒼とした杉木立の先に見えてくるのが随神門。
昭和15年(1940)に再建されたものですが、風雪に晒させてきた月日を感じさせる佇まいです。
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写真を拡大する | 随神門を潜ると、正面に、弥彦山を背景に建つ拝殿が現れた。
現在の建物は、明治の大火後、大正5年(1916)に本殿とともに再建されもの。
訪れたときは小雨まじりで、しっとりとしてとても趣がありました。
厳粛な雰囲気が漂う境内で、巫女さんたちが、参拝客を受け入れる準備をしていた。
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写真を拡大する | 参拝客のいない境内を散策。
背後の山と周囲の森とが醸し出す厳かな雰囲気が、この神社の大きな魅力となっています。
華やかさを抑えた社殿も、この厳粛な空気を強くさせていた。
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写真を拡大する | 隨神門の脇にある境内社。
手前から、武呉神社、草薙神社、今山神社、勝神社、乙子神社、二十二所神社、八所神社。
そして、奥に見える苔むした茅葺の社が十柱神社。
手前の5つの社は、伊夜彦神の後嗣の神が祭神。
ここは訪れる人が少ないそうだ。
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写真を拡大する | 十柱(とはしら)神社。
彌彦神社の末社です。
元禄7年(1694)、長岡藩主牧野氏によって奉納された入母屋造・単層・茅葺の社殿で、国の重要文化財に指定。
元は「五所宮」と呼ばれ、長岡藩ゆかりの祭神が祀られていたそうですが、明治の神仏分離政策の影響で祭神が変わり、名称も現在のものになったとのこと。
桃山時代の様式を残す貴重なものだそうです。
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写真を拡大する | ゆっくり参拝した後、境内脇から外へ出て、杉林の中を弥彦山ロープウェイの駅へと向かった。
途中、雨に濡れた新緑が美しかった。
天気がいまひとつでしたが、弥彦山へと登ってみることにします。
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