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ゆっくり歩くさんの旅行記一覧

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ゆっくり歩くさん 写真
トラベラー名ゆっくり歩く
登録日2004年10月16日
渡航国5ヵ国
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ゆっくり歩くさんの旅行記一覧


秋の不忍池
上野・御徒町 旅行記 上野・御徒町 /  2008年11月13日〜 /  写真9枚
   秋のハス田は段々寂しくなる。    未だに北へ帰らないカモは,あちらに何羽か,こちらに何羽かが残っている。餌も少なくなっているのだろう。人の足音を聞くとやってくる。    夏の盛りは餌をくれる人がいたが,もう皆帰ったと思うから餌など用意していない。    問題は人が餌をやりすぎるので,帰るのを忘れてしまうのが多いらしい。    ハスは枯れ,緑が少なくなる。    もう直き冬がや … [つづき]
川端のカフェで
広州 旅行記 広州 /  2007年10月01日〜 /  写真7枚
   沙面の川に面した一帯は露天カフェになっている。    時間を外せば席を取るのはそう困難ではない。黄昏前なら客は少ないので,のんびりしていられる。    斜めの対岸は芳村埠頭。こちら側の埠頭はホワイトスワンホテルの向こう側。珠江には大きな橋がいくつか架かっているが,フェリーは便利なので人気がある。以前と違い,対岸はすっかり高級住宅化し,大アパート群が出現した。    わが友人なぞ,だ … [つづき]
広州の水上バス
広州 旅行記 広州 /  2007年10月01日〜 /  写真27枚
   広州市内を流れる珠江には,橋が増えた今も両岸をつなぐフェリーは多い。    今度いった時にそれまで気がつかなかった水上バスがあったので,往復2時間ほどの船旅を楽しんだ。    船は夜には遊覧船になる大型のものだが,テーブルをひょいと片付けた程度の所に客を乗せるのだが,それでも涼しい船旅が楽しめた。値段が安いので,客の中にはお上りさん(?)と思しき人たちも少なくなかった。 … [つづき]
沙面の夕暮れ。
広州 旅行記 広州 /  2007年10月01日〜 /  写真12枚
   沙面の川っぷちのカフェでビールを飲みながら,対岸を眺めているのも,沙面に泊る愉しみの一つ。    雲から漏れる陽光を眺め,明日の天気はまあ大丈夫だろうと,ブラブラする先を考え,どこかで作られた北欧ブランドのビールをまた1本。    右斜めにある芳村のフェリーターミナルから,対面のアパートまで,広い川面の向こうを照らす雲間からの陽光を眺めて,また1本。    つまみは東南アジ … [つづき]
広州の大仏古寺
広州 旅行記 広州 /  2007年09月30日〜 /  写真8枚
   繁華街の北京路から一寸離れた所にある広州の古刹大仏古寺。1, 000年以上の歴史を有する古刹である。    大雄宝殿の3体の大仏は高さ6メートル。中央が釈迦牟尼仏,左が阿弥陀仏,右は弥勒菩薩。いずれの仏様も10トンもあるそうだ。    大仏寺の仏像は大きく,規模も大きく,建物も大きいので,大仏寺という名が付けられたと伝えられている。    偶々当日には,法要が行われていたが,慣れな … [つづき]
広州の琶洲塔(1)
広州 旅行記 広州 /  2007年09月30日〜 /  写真21枚
   琶洲塔は広州市の琶洲村にある。1597年に着工し,1600年に完成した。    最近では,1844年に広州の豪商が修理を行い,1990年に香港の人が塔の修理を行った。96年に広州市政府が修理を行った。    塔は八角形で,外観は8層だが,内側は17階で,高さは50余メートル。塔の土台は八角形,紅砂岩で築かれ,その1階には双手であるいは片手で塔を支える力士が置かれている。    塔内 … [つづき]
琶洲塔(2,遠望)
広州 旅行記 広州 /  2007年09月30日〜 /  写真22枚
   琶洲村の琶洲塔。小山の上にあるので,遠くからよく見える。    遠くから見えるように作られたのだから遠くからの写真をご覧を。    この辺りにも開発の浪が迫っているので,塔がいつまでも見える環境が維持されることを祈るのみ。    周辺にはさすが南国と思わされる植物が。公園化する途中のような緑地が形成されているが,いずれ道路に面した門が作られぐっとしゃれた公園のようなものにな … [つづき]
琶洲塔(2,遠望)
広州 旅行記 広州 /  2007年09月30日〜 /  写真0枚
   琶洲村の琶洲塔。小山の上にあるので,遠くからよく見える。    遠くから見えるように作られたのだから遠くからの写真をご覧を。    この辺りにも開発の浪が迫っているので,塔がいつまでも見える環境が維持されることを祈るのみ。    周辺にはさすが南国と思わされる植物が。公園化する途中のような緑地が形成されているが,いずれ道路に面した門が作られぐっとしゃれた公園のようなものにな … [つづき]
新城飯店のロビー
上海 旅行記 上海 /  2007年06月19日〜 /  写真15枚
   もう何年になるだろう。このホテルに泊まるようになってから。    外灘の中山路から2本目で,南京路から3本目,つまり四馬路に添ったホテルだ。目の前は昔の工部局という好位置にある。    初めて泊まった頃はおっとりしたホテルだったが,そして今でも多少おっとりはしているが,部屋代がどんどん上がっていくのは困りものだ。    でも,まあこんなふうにロビーがゆったりしているのが,段々減ってきて … [つづき]
江蘇省泰興市の慶雲禅寺
中国 旅行記 中国 /  2007年06月18日〜 /  写真18枚
   上海駅から近い上海客運総站から2時間−2時間半の高速バスの旅で,泰興という町に着く。揚子江をまたぐ橋を渡ると江北で,もう泰興だ。    江蘇省の揚子江の北岸にある泰州市の管轄下にある泰興市の慶雲禅寺は北宋成平2年(999年)に創建され,もともとは泰興城内にあったが,度々の戦火にあった後,文革で徹底的に破壊されてしまったという。    そして,1990年12月に西郊外の金沙中溝の西岸に … [つづき]
上海客運総站(バスターミナル)の時刻表
上海 旅行記 上海 /  2007年06月16日〜 /  写真6枚
   鉄道の上海駅の裏側にある大バスターミナル上海客運総站の時刻表。    これは,2007年6月時点のものです。    各省の地区別にまとめて表示されています。大きな画像ですから,拡大して見て下さい。    総站へは,地下鉄でもいけますが,降りた後が結構めんどうなことをご承知ください。荷物があるならば,飛行場ほど遠くありませんからタクシーで行くのがよいでしょう。    それにして … [つづき]
上海はやっぱり外灘
上海 旅行記 上海 /  2007年06月11日〜 /  写真20枚
   上海というとどうしても一つ覚えの外灘。    と,いう訳で上海にいると毎日朝晩外灘へお出ましとなる。今の外灘はかつてと違い,好きな時にいっても問題なくなっているが,やはり夜がよい。    撮った写真は絵はがきもどき。でも,雲の形が違っていたりで楽しい思い出に。    大きなネオンの眩しい南京路を歩いてきて,地下道から堤防の上に上がると上海にいるんだなあと,改めて感じさされる。 … [つづき]
5月の不忍池
上野・御徒町 旅行記 上野・御徒町 /  2007年05月15日〜 /  写真17枚
   朝のうちは天気がよかったけれど,昼前には大雨が降り,その後持ち直したが,またまた空が暗くなるなど,不安定な一日だった。    5月も半ばの不忍池には,もうカモの仲間は北に帰ってしまい,水鳥の姿はチラホラ。    池の向こうの目立つ姿のホテルは改装中だ。    弁天堂のそばにはカワウが4羽。時期になれば,動物園の池に大量のウが集って,困ったもんだということになるのだろう。 … [つづき]
国立科学博物館のステンドグラス
浅草 旅行記 浅草 /  2007年05月15日〜 /  写真20枚
   上野の山にある国立科学博物館がすっかり模様替えした。展示物は新しい発想で並べられ,スペースもゆったり,照明も明るく,うわさにはなるだけのことはある。    面白かったのは,この古い方の建物。ドーム屋根の下のステンドグラス,窓にはめられたステンドグラス。それに照明の電気が入ったケースもまた展示の一つのように思えるのだが,余り注目を引かないようだ。    本来の展示物より,建物の方が … [つづき]
広州・河南の赤崗塔
広州 旅行記 広州 /  2007年04月02日〜 /  写真14枚
昔,今から30年ちょっと前,海珠広場の広州賓館の16階に1ヵ月住んだ。直ぐそばに交易会の会場があり,職住接近の便利なところだった。  その部屋から珠江の向こうの河南といわれる一帯にに何があったかは覚えていないが,唯一つだけ記憶に残っていたのは,赤崗塔。   広州へいくたびに一度はそばでみたいと思っていたが,とうとう実行。当時は農村と小さな工場ばかりだったような気がするが,今や大住宅地 … [つづき]
広州・上下九路
広州 旅行記 広州 /  2007年03月30日〜 /  写真23枚
   広州の若い人が集る上下九路へ。広州駅からだったので,地下鉄で長寿路からぶらぶらと。ようやっと賑やかだけではなく,華やかさをもつ一帯へ。昔の銀座のような今見れば小さなさすがという店だったろう建物がが集っている。間口は狭いが奥は深いといういかにも昔からの商店街というところ。    再開発で少しずつ雰囲気は変わってきているが,街並に残る古き良き広州の雰囲気は充分。いずれ再開発でなくなるという … [つづき]
木綿花の咲く広州
広州 旅行記 広州 /  2007年03月26日〜 /  写真12枚
   木綿花は広東の町でよく見かける。ずいぶん昔,余りの多さと華やかさにあれは何という花と尋ね,木綿花と教わった。    広州には多い。珠海などにも多かった。香港でも見た。    先日広州で見たのは,いつものようにきれいに咲いていた。初めて見たのはいつだったか忘れたが,花びらが落ちてくると,音がするのにはビックリさせられたのを思い出す。    今も,落ちた花びらを掃除するのは大変なよ … [つづき]
高層化する町,川口
大宮・浦和・川口 旅行記 大宮・浦和・川口 /  2007年02月08日〜 /  写真9枚
   埼玉県川口市は,『キューポラのある町』から高層住宅の町へ,静かな産業の町へと移行している。    荒川を渡る東北線や京浜東北線から見える町の姿は,大きく変わってしまった。これからも住宅の町,ソフト産業や,商業の町へと変身を続けていくようだ。    高層住宅が並ぶ町を川口から赤羽まで荒川土手を歩きながら見てみた。 … [つづき]
初大師の準備が整った西新井の総持寺
その他東京23区 旅行記 その他東京23区 /  2007年01月19日〜 /  写真13枚
   毎月21日はお大師さんの縁日。中でも1月のそれは,初大師で5月,9月と共に賑わう。    ここは,足立区は西新井のお大師さんである総持寺。東武線の西新井から一駅目の,そして終点の大師前下車。    19日にちょいと,伺ったら用意万端整ったかのような静けさだった。 … [つづき]
朝の香港国際空港
香港 旅行記 香港 /  2006年07月14日〜 /  写真8枚
 帰る日の朝,飛行場に早く着きすぎたので,ブラブラ。  見慣れない会社の飛行機や遠くにいすぎてよく見えないものまで飛行機がいっぱい。 … [つづき]
珠江デルタの村,寄り道の楽しみ。
広州 旅行記 広州 /  2006年07月11日〜 /  写真20枚
 広州から高速バスで1時間,仏山市三水区のバスターミナルに。そして,そこからルーパオ鎭という町に,普通のバスで農村部を抜けながら30~40分走り,目的地に近くなった時に,写真で見た珠江デルタの農村の特徴を持つ屋根が遠くに見えたので,さっさとバスを降りてしまった。  かんかん照りの中,5ー6分歩いてそこに着くと,ガイドブックのミニ版の赤煉瓦造りの村が。  独特の飾りをもつ住宅と,氏族の祭祀と … [つづき]
珠江夜景(2)
広州 旅行記 広州 /  2006年07月09日〜 /  写真20枚
   岸辺の建物の灯が映る珠江は美しい。向こうからやってきて,通り過ぎる遊覧船を見ているのもまた楽しい。 … [つづき]
珠江夜景(1)
広州 旅行記 広州 /  2006年07月07日〜 /  写真19枚
   7月7日,広州の珠江に添ったホテルにいた。真下は珠江,納涼船がゆったりと巡り,船とビルとの光が川面に長くゆれる。    しかし,ここは広州。隅田川とは違って,極めてクールな雰囲気。    以降,毎日カメラを持ってお散歩。 … [つづき]
沙面,06年7月7日
広州 旅行記 広州 /  2006年07月07日〜 /  写真13枚
   沙面は美しい街である。夜の帳が折り始めると,見たくないものがヤミの中に消えるので,その穏やかな雰囲気がわたしたちの前に顔を現す。 … [つづき]
上海始発の内外の航空会社
上海 旅行記 上海 /  2006年07月05日〜 /  写真0枚
  上海の2つの空港を定期便の始発空港とする内外の航空会社58社。乗ったことのあるのは?うーん。幾つもない。人を乗せない会社もあるけど。さすが上海! … [つづき]
北京牛街の礼拝寺
北京 旅行記 北京 /  2006年07月02日〜 /  写真13枚
   北京の礼拝寺(モスク)のある牛街へ。どれくらい変わったかと思ったら,何とモスクを除けば全取っ替えの状態。広い道路,高層の住宅。    この北京で礼拝寺が宗教施設として長期にわたり存在し得たのは,現地化したことと深い関係があるのだなと改めて思いながら,モスク(礼拝寺)の周りを歩いてきた。 … [つづき]
北京城の東角楼からの北京駅
北京 旅行記 北京 /  2006年07月02日〜 /  写真10枚
   北京城の東角楼は,北京駅に出入りする列車を見るには最適の場所のようだ。    城壁公園が完成し,その東にすっかり復元された角楼が公開されており,ビデオカメラを提げた人も見かける。    時刻表持参でチェックすれば,楽しい鉄道写真が,と思ったら方角が決まってしまっているから,まあ,楽しさは半分か,四分の一くらいかもしれないが,それでも最初はやはり楽しい場所なのだろうと思う。     … [つづき]
大柵欄にも旅館化がひたひたと
北京 旅行記 北京 /  2006年07月01日〜 /  写真14枚
   久しぶりに大柵欄から足を伸ばした。    旅館街化した賑やかな街になっていた。昔は,ただ何の印象もない通りだったのが,すっかり賑やかな街になってしまっている。    昔からの旅館(客桟)も残っているが,この間まで何だったんだろうと思わされる建物が,旅館,食堂などになって,内外の客を受け入れている。    日本の若い人たちがいるのか否かは分からないが,欧米系の若い人たちがグループで出入り … [つづき]
北京の潘家園をブラブラ
北京 旅行記 北京 /  2006年07月01日〜 /  写真22枚
   凱里から貴陽へ。そして,貴陽からひとっ飛びに北京へ。土,日に開かれる潘家園の市に。先週は凱里の金泉湖の民族工芸品市場にいたっけ。    知った人たちがあちこちにいて,彼らの主要商品である,ミャオ族の衣装を中心にしたミャオグッヅをあちこちで開業。彼らの商品は目立つ,北京にやってきても一番目立つくらい。周りの店に比べあでやかなのは何ともはや仕方がない。    そこここで,立ち話をして … [つづき]
黔東南州設置50年目の州都凱里を行く
凱里 旅行記 凱里 /  2006年06月27日〜 /  写真17枚
 今年の7月25日が黔東南州設置50周年になるので,踊りなど祝賀行事があるから,見ていけといわれたが,いくら暇だとはいえ,さすがにそうはいかない。  50周年記念行事がどんなものか分らないが,州としては力を入れているようで,市内のバス停が民族的風格を持つものへの置き換えが進められていた。  そして,全く見栄えがしない商店街が並ぶインパン東路が何と歩行者天国になっていたりする。  商店街にファ … [つづき]
凱里の日本語学校
凱里 旅行記 凱里 /  2006年06月26日〜 /  写真4枚
 貴州省は黔東南州の州都である凱里市に池森外国語学校という日本人の名前を頭に付けた外国語学校がある。名古屋の池森さんとおっしゃる方が設立資金を提供したという日本語と英語との学校だ。  日本語を学ぶ人は多くはない。先生は現地の方で,生徒は少ない。  北京,上海,広州と違い,日本語要員の需要が英語に比べ圧倒的に少ないのだが,それでも責任者の張,王ご夫妻の努力で日本語学級が維持されている。   … [つづき]
麻塘の夏の花(06年6月)
凱里 旅行記 凱里 /  2006年06月22日〜 /  写真13枚
   道路工事で道はまっすぐになったが,地肌がむき出しの所も少なくない。それでも,小さな花が咲いていた。 … [つづき]
八重桜の咲く不忍池
上野・御徒町 旅行記 上野・御徒町 /  2006年04月18日〜 /  写真8枚
未だ,ヤマザクラが残っていると思って不忍池へ。 池には,未だ帰らぬ水鳥や,ここらで生まれたらしい多分アヒルなどが。 池の向こうには,お洒落なホテルも。 五重塔が葉の茂らぬ木々の間から顔を出す。引かれて山の上の五重塔まで。 暖かな土曜日の午後でした。 … [つづき]
銚子上空から入って成田へ。
成田・佐倉 旅行記 成田・佐倉 /  2005年11月09日〜 /  写真16枚
香港から成田へ。初めて天気の良い日の北総台地の周辺の上を飛んでくれた。九十九里から,利根河口,鹿島灘,そしてぐるっと回って成田に降りた。   … [つづき]
貴陽飛行場の飛行機
貴陽 旅行記 貴陽 /  2005年11月03日〜 /  写真14枚
   凱里で予約した広州行きの便がキャンセルとなり,貴陽の飛行場で押さえた飛行機に乗るには,待ち時間が長くなってしまった。    それでも貴陽の町にいても中途半端なので,飛行場に行った。飛行機は次々に降りてくるけれど,乗ることになった広州からの飛行機が来るまで二時間あったので,飛行機をロビーからパチリパチリ。    ここのロビーは,飛行機を見るのに良い位置にあるので,時間をつぶすことが出来 … [つづき]
貴陽郊外の古鎮・青岩再訪
貴陽 旅行記 貴陽 /  2005年11月02日〜 /  写真17枚
 貴陽郊外の古鎮,青岩鎭。花渓まで市内バスで,そこから乗合のミニバンで行くことになる。  2003年に来た時は未だ多くの施設がしまっていたし,随分傷んでいた。看板の満壽宮も工事中であったが,すっかりきれいに修復されていた。公開されてはいるが,まだ整備不十分な所も多い。  前にはなかった門票(入場券)制が取り入れられていた。一般は10カ所見られる券で34元,60歳以上は半額となっていたが,全部見 … [つづき]
貴陽の弘福寺
貴陽 旅行記 貴陽 /  2005年10月31日〜 /  写真13枚
 貴陽の町はずれに,あるいは町の中にといった方が良いかもしれないところに,黔霊公園という黔霊山を中心にした一帯に公園がある。公園というと,中国ではほとんどどこでも有料なのだが,ここもまた有料。従って,芋の子を洗うようなことはない。  昔東京で,時の知事の人気取りが目的か都立公園などを無料にしたが,その結果の各施設の荒れ方は酷かった。結局,ただ程高いものはなく,再有料化後の暫くは都民はただを懐かし … [つづき]
凱里の民族工芸品店
凱里 旅行記 凱里 /  2005年10月30日〜 /  写真7枚
 凱里の民族賓館の周辺に民族工芸品(刺繍,藍染めを中心にその他何でも)を売る店が並んでいる。凱里を離れる前の日に移して歩いたのがこれらの写真。  それぞれ特徴を持っているが,満遍なくおつきあいしているわけではないので,詳しいことは一部の店しか分からない。  並べてある商品を見れば,何となく分かるのだが,衣装中心,細かい物中心など。  この他に,街にいて籠などに品物を入れ客を捜して … [つづき]
凱里郊外の西家を訪ねる
凱里 旅行記 凱里 /  2005年10月30日〜 /  写真16枚
 10月30日に西家と呼ばれ,独立した民族としての承認を求めている人々の住む石板寨を訪ねた。もう一つの独立した民族としての承認を求めているGejia(イ+革家)の住むマタンから15分ほどの所だ。凱里からのバスだと,手前になる。村への入り口にはマタンの牌楼と違い絵が貼り出してある。バスは竜場や魚洞などに行くバスで4ー50分。  石板寨といっても家は木造。どうして石板寨かと思ったら、土間が石 … [つづき]
凱里金泉湖民族工芸品市場(05年10月)
凱里 旅行記 凱里 /  2005年10月29日〜 /  写真13枚
 今日は朝から金泉湖の市場。  凱里に行くたびに足を運ぶ。出会う人はなじみが多いが,いつも新しい発見がある。前日の体育館の写真はダメになってしまったので,又いつもの金泉湖の市場のご報告になってしまった。  ここの方が慣れているせいか落ち着く。  雨上がりだったが,歩道いっぱいに置かれた商品は,美しい色を見せていた。  凱里の市場は、そのときその時で並んでいるものが異なっている。前に … [つづき]
凱里の秋の雲
凱里 旅行記 凱里 /  2005年10月29日〜 /  写真7枚
   晴れた日ではあったが,夕方から雲がわき上がり,次々に姿を変えた。民族博物館周辺の秋の空は,風のおかげで空は青く,雲が形を変えるのを見せてくれた。 … [つづき]
雨にけぶる湖南省湘西の苗族の村Dehan
湖南省 旅行記 湖南省 /  2005年10月22日〜 /  写真11枚
 吉首駅前からバスで雨の降るDehan村に到着。ここは四方を山に囲まれ,水がある農業に適した所。あちこちから漢民族から追われた人々がたどりついた安住の地だったのかもしれない。  雲と雨との具合で村を囲む山々が見えたり見えなかったり。  今はすっかり観光地化して,貴州はては雲南の民芸品まで売っている土産物屋が並ぶようになって,休日ともなれば,都会の漢民族が大挙してやってくる地となっている … [つづき]
龍灘=足の便が良い重慶市酉陽県の古鎮。
重慶 旅行記 重慶 /  2005年10月20日〜 /  写真15枚
 重慶市酉陽県龍灘鎮という古鎮(古い町)に10月20日の昼過ぎに貴州の松桃県から着く。  松桃からの距離はたいしたことはないけれど,意外に時間が。松桃から重慶市の秀山県へのバスが,重慶市に入ってすぐに,ハイここまで,この先は別のバスで行ってよ,ということで,差額を返してくれたのはそれなりに合理的なのだが,その車が見つからない。やっとこさ見つけて乗り込んだミニバスなのに,例によって4−−5人は集ま … [つづき]
松桃苗族自治県に寄ってみました。
貴州省 旅行記 貴州省 /  2005年10月19日〜 /  写真14枚
 重慶の龍灘へ行く途中,貴州省銅仁地区の松桃苗族自治県へ寄った。前日凱里から列車とバストを乗り継いで夕方に到着し,朝のバスで松桃に到着した。銅仁からの省道は完璧、コンクリート舗装の道路で,大型のバスがスピードを落とさずにすれ違える。  橋を渡って町へ入ったとたんに,そのメインストリートは工事中で泥だらけ。もう少しの辛抱だ。  例によって市場を覗く。秋なので,何か変わった物があるかと思 … [つづき]
夜の貴州省銅仁市でおでん屋さんに出会う。
貴州省 旅行記 貴州省 /  2005年10月18日〜 /  写真5枚
 銅仁の郵便局前のポストに手紙を入れて,少し先の市場へ行った。  8時前(時差は1時間)だったが,この西の地域でもすっかり暗くなっており,電気をつけて営業していた。  もう残っているのは,果物屋と屋台のみ。八百屋さんはすでに誰もいず,近郊の農民ももうとっくに帰ってしまった。夕飯や朝飯に使う材料は,明るいうちに売れる程度に持ってくるようだ。  この市場U字型なので,もう一方の入り口には,食堂が … [つづき]
凱里の人々
凱里 旅行記 凱里 /  2005年10月17日〜 /  写真14枚
 人が写っている写真は少ない。  それでも,ひょいと写したものや,写せ写せに応えたものもある。凱里の町であった人々,見かけた人々をご紹介する。 … [つづき]
拱北,中国のもう一つの入口
広州 旅行記 広州 /  2005年10月14日〜 /  写真15枚
 歩いて中国に入れるポイントは多いが,香港からのルートは直接入る羅湖ルートと,マカオ経由のこの拱北ルートとがある。  拱北を経由して広州などに行くのは,その前の香港のセントラルからマカオへのフェリーの存在が大きい。九龍から船のルートもあるが,音が大きく余り見晴らしが良くないジェットフォイルに乗るのも楽しみの一つ。  拱北のメインストリートは盛り場という雰囲気で,夜昼の顔が全く違うのも特 … [つづき]
メタセコイアin 蕨
大宮・浦和・川口 旅行記 大宮・浦和・川口 /  2005年07月10日〜 /  写真2枚
 春になり,緑の葉が出始めたメタセコイアは,もうすっかり大木らしさを取り戻している。  蕨市立一中の校門の左右に道に面して化石植物といわれる大木の並木が美しい緑の葉を茂らせている。西川口駅の西口を出て県道西川口−蕨線を右に3ー4分歩いて緑側を渡ると見え出す。そのまま暫く歩き,校門が見えたら左折。秋までこの大きな木は葉を茂らせている。 … [つづき]
外灘ー海からの船が入る川
上海 旅行記 上海 /  2005年05月16日〜 /  写真8枚
 外灘に立ち,黄浦江を通り過ぎる船を見るのは愉しい。意外な所の船が入って来る。意外なタイプの船が出入りする。 今回は,帰る日の朝の20分程しかいられなかったが,それでも,何艘かの船が海から上って来た。 テレビ塔の前を通る時が一番目立つが,外灘はカーブになっているので,船を写すのにも絶好の場。ただ,湿度の関係で極近くしか見えない時も多いのから,天気次第であることは否めない。この日は霧が出ていたので, … [つづき]
肇興の棚田
凱里 旅行記 凱里 /  2005年05月10日〜 /  写真5枚
 中国で一番トン族が集まって生活している貴州の肇興から広西の三江へ向かうバスが肇興を出て5ー6分過ぎると,進行左側に坐っていると棚田が見えて来る。20分以上も次から次へと棚田が表れる。  肇興は凱里を首府とする黔東南苗族トン族自治州の藜平県の一角に有る。  数年前に,貴州の従江から洛香を経て肇興へ行く時に洛香から乗った三輪車の運転手が,地坪の風雨橋(洪水で流されてしまい,再建計画が有ると言う) … [つづき]
鼓楼の有る村ー肇興
凱里 旅行記 凱里 /  2005年05月08日〜 /  写真15枚
 黔東南州藜平県の肇興はトン族が集中して住む村。彼らの文化の象徴である鼓楼,風雨橋,舞台が揃っている。一つの氏族グループ毎にこの3つを建てるという。この村には5つの鼓楼が有る。山の上から見ると,5つが見えるが下におりるとそれは無理。  鼓楼は最近修復が終わり,すっかりきれいになっている。鼓楼本体と,そこに描かれた繪は彼らの伝統的な生活を描いている。橋はいつも誰かがそこに坐っている。ただ,トン族の … [つづき]
黔南州三都水族自治県,自分の文字を残した水族
貴州省 旅行記 貴州省 /  2005年05月05日〜 /  写真15枚
 水族固有の文字は象形文字のようで,“図画文字(絵文字)”と“類甲骨文”とからなっていると言われている。現在でも500文字程が残されている。それらは,現在では,占いと暦などに使われている。  現在は読める人がほとんどいないようだが,現代人が書として甲骨文字を筆で書くようにこの地では水族の文字を筆で書いた物が展示されたりしている。また,象徴的な物であろうが,県庁の正門には党や政府の看板が漢字と共に … [つづき]
黔東南州丹寨の市場
凱里 旅行記 凱里 /  2005年05月05日〜 /  写真10枚
 黔東南州の丹寨県には始めてやって来た。県庁所在地の龍泉鎮は小さな町だ。それでも,この町を国道が通っているので,しゃれた町だ。  丹寨の市場は,苗族の売子で賑やか。  野菜,肉,豆腐,香辛料などなど。しかし,何と言ってもメインは野菜。今は菜っ葉が多い。トマト,じゃがいも,ハーブの類も欠かせない材料。  この町の市場で目立ったのは,普段着の苗族の婦人達。お祭りの時の艶やかな衣装ではない仕事着の … [つづき]
黔東南州丹寨
凱里 旅行記 凱里 /  2005年05月04日〜 /  写真12枚
 丹寨は今回が初めて。けれど,この県名は何度も聞いた。私の好きな蝋染の被面(布団おもて)の産地だからだ。でも,ここにはそういう物は全くない。  静かなたたずまいの小さな町であるが,ここも大きく変化する様子が感じられた。  将来図とそれに対応した建設工事が進められている。  急速に変化する貴州各地の町,特に県庁所在地などには,この種の将来図が掲げられているのを目にする。 どこも,伝統的な町づ … [つづき]
貴州馬ーー小柄な在来馬
貴州省 旅行記 貴州省 /  2005年05月03日〜 /  写真5枚
 丹寨や三都で小柄な貴州馬の引く馬車が活躍していた。他の町ではもうほとんど見掛けなくなっている。  人も物資も任せておけと弁慶に担ぎ上げられる程の小さな馬が大活躍。 … [つづき]
城壁の残る福泉県城
貴州省 旅行記 貴州省 /  2005年05月03日〜 /  写真7枚
 湘黔鉄道の福泉站は馬場坪に有り,バスの福泉站は県庁の有る城廂鎮に有る。どちらのバスターミナルにも,時刻表が無かったので,確認できなかったが,高速バスはどちらからでも乗れるそうだ。  福泉で汽車を降りたら,長い石段を下りてようやっと辿り着くのが馬場坪で,ここで駅前タクシーが待っている。ほとんどが,ミニオート三輪。町の有る所までは,遠い訳ではないがこれで行くのがお薦め。2元だ。  そして,馬 … [つづき]
貴州省黔東南,黔南州のミニオート三輪
貴州省 旅行記 貴州省 /  2005年05月02日〜 /  写真15枚
 短距離の庶民の足として普及しているのがミニオート三輪車。大きな町になると見かけなくなる。経済的に遅れている所では,何度も持ち主を代えたと見られる博物館行きのものも現役で働いている。しかし,今後見栄えの良いタイプにとって変わられるだろう。  新旧両タイプとも天井が低いので,悪路には弱いので,頭に注意。1ー2元の料金だが,地域に拠り,1人1元と言う所も有る。あの小さな車に知らない人が乗り込んで来る … [つづき]
湖南・懐化市の婦人服店
湖南省 旅行記 湖南省 /  2005年05月02日〜 /  写真15枚
 湖北省は懐化市は,貴州からそう遠くない。鉄道の要衝だれども,これ程開けた町とは思っていなかったが,たった5〜60メートルの所にこんなにおしゃれな店が並んでいる。かなり田舎の町に行っても婦人物は華やかだが,まさか,これ程までにこういう店が並んでいる町が有るなんて想像できますか。  湘西の観光地鳳凰に行くためのバスの乗換地として滞在したが,フロントで,郵便局は?賑やかな所は?,と尋ねたら門 … [つづき]
湘西の苗寨にも壁に模様があった。
湖南省 旅行記 湖南省 /  2005年04月30日〜 /  写真6枚
 今年の春先に訪ねた湖南の鳳凰県城からそう遠くない昔県城だった黄絲橋のすぐ隣にあるアイラコという苗寨に行ったら、壁に模様が描かれた家が一棟だけあった。ここだけだといっていたが,歩き回って確認,  鳳凰に行く前に通った貴州の玉屏の町にもあった。近所の人に尋ねたら,昔は沢山あったが,今はあそこだけと、アイラコ寨と同じ答。  今や観光地としてすっかり有名になってしまい、町の様子がピカピカの今出来にな … [つづき]
湘西の古城・鳳凰
湖南省 旅行記 湖南省 /  2005年04月29日〜 /  写真14枚
 随分前からここへいってご覧なさいと言われたことを思い出す。また,湖南の出版社が出した藍染に関する本のメイン舞台がここだった。  ここの旅行記にも出て来る。  さあ,何としても行こうと思ってからも何度か行き損なった。  今度こそと,凱里から玉屏まで汽車で,玉屏から銅仁へ快巴で,ここで困った。誰に聞いても,鳳凰へ行くバスなぞないと言うのだ。そして,兎に角先ず懐化へ行けと。  そんな訳で,銅仁 … [つづき]
鼓楼の有る町玉屏の市場
貴州省 旅行記 貴州省 /  2005年04月28日〜 /  写真20枚
 ガイドブックにはトン族の鼓楼の有る町玉屏として紹介されている町の市場を覗いてみた。  玉屏は現在銅仁地区唯一の鉄道の駅の有る町だ。それは湘黔鉄道の貴州最初の駅であり,最後の駅でもある。現在唯一と言うのは,建設中の懐化と重慶を結ぶ鉄道ができれば,玉屏の手前で右折して銅仁を通って重慶に繋がってしまうからだ。  現在,銅仁は近くに飛行場を持ち,間もなく鉄道の駅を手に入れることになっている。そして, … [つづき]
施洞の姐妹飯節
凱里 旅行記 凱里 /  2005年04月23日〜 /  写真20枚
 4月23日から25日まで,貴州省黔東南州台江県施洞鎮のあちらこちらに分散して“姐妹飯節”が行なわれた。この行事,別名“情人節”と言われる恋人探しの日だ。今でも,その効用は代わらないらしいけれど,ほとんど観光化しているから,必ずしも若い人ばかりではない。  この祭,赤色と銀色との祭で,強い日射しの下,強烈な色の祭だった。23日午前中から24日の夜まで施洞に滞在し,半分はお祭り見物,半分は移動と買 … [つづき]
思い出の施洞 ー 赤,黒,銀色の世界
凱里 旅行記 凱里 /  2005年04月23日〜 /  写真22枚
 4月23日から凱里に住む施洞の人たちと24,25日に行われる姐妹飯節に出かけた。  日程表をご覧になればお分かりのようにあちこちで行われているので,全部を見るというわけにはいかない。幾つかを覗いて,24日には凱里に戻ろうということで出かけた。  しかし,あの赤,黒そして銀色で構成されるお祭りの色は極めて刺激的。  まあ一度写真をご覧になって下さい。そして,一度は現地へお出ましを。 … [つづき]
凱里の金泉湖の民族工芸品市場05年04月
凱里 旅行記 凱里 /  2005年04月22日〜 /  写真15枚
 凱里の人達が金泉湖と呼ぶ郊外の金泉湖の側に有る民族工芸品市場。各地からの盛装の衣装類やそれらを作る部品とも言うべき刺繍片,蝋染めの布や蝋染片が並んでいる。刺繍片,蝋染片というのは,彼らの服作りは,服自体に刺繍をするのではなく,刺繍した布を衣服の側に縫い付けるからだ。長い布も有る。どれも,蜜蝋を使って,手描きした藍染だ。濡れると,色は落ちる。  従って,旧い衣服から取り外した刺繍片を売り買いする … [つづき]
麻塘(凱里郊外の革家(Gejia)の住む村)の春の花
凱里 旅行記 凱里 /  2005年04月21日〜 /  写真13枚
 麻塘では観光バスがスムーズに入れるように,麻塘口から村までの道路の拡張の最中だった。道を広げる前に,平な道にするために先ず上り坂を抉って平にしていた。今まで有った田圃のヘリがずっと上の方になったので,歩く身にとっては風景が一変。  それでも春なので,花が幾つも咲いていた。来る度に思うのは,なんて名前なんだろう,と言うこと。名を知らなくても,可憐な花はそのまま存在するのだからと,図鑑を見ることも … [つづき]
黄平県クーロン鎮
凱里 旅行記 凱里 /  2005年04月20日〜 /  写真12枚
 凱里の隣の黄平県のクーロンへ,出かけた。特に目的が有った訳では無い。  前に言った時に見たカルスト地形を,もう一度見てみたかったので,半日のバスの旅をした。 … [つづき]
北京の蒋介石別邸(北京の友好賓館内)
北京 旅行記 北京 /  2005年04月16日〜 /  写真19枚
   この建物は,1875年にイタリー人の手によって、清朝の王子の屋敷(王子府第)として建設され、1928−1948の間蒋介石の北京別邸として使われた。前庭は蒋介石時代に円明園から運ばれたものがある。但し,見学はお断りとのこと。    日本人でも故小渕恵三総理も訪れている。     80年から建物全体が友好賓館となり、外国人の宿泊を受け入れている。しかし,この別邸は宿泊施設としては使われて … [つづき]
北京の胡同
北京 旅行記 北京 /  2005年04月15日〜 /  写真15枚
 胡同は、今は庶民の住む町。そして所々に豪邸がひっそりと隠されて、残されているのが胡同。一方で,看板は無いけれど軍の施設もある。朝なんか,駆け足したり体操したり。  私が好きな胡同は、鼓楼の東南にある。何本かの胡同は、何年か通ううちに随分変わった.今では,表通りには外国人を主な対象とした喫茶店,レストラン,そしてバックパッカー向けの宿泊施設が増えているところもある。  長さ585メートルの … [つづき]
中国の郵便局
中国 旅行記 中国 /  2005年04月15日〜 /  写真22枚
 中国に行くと,買った本や土産物を家や友人に送ることになるので,郵便局を訪れる機会が多い。郵便を出すには,封筒や切手が必要。小包になると段ボールの箱が必要。  特に小包になると何でもやってくれる。1、裸で送る物を持ち込むと、じっとにらんで、見合った箱を選んでくれる。2、荷物を箱に詰めてくれる(通関業務を郵政が代行しているので,自分で勝手に詰めてはならない)。4、テープできちんと止めてくれる。5、 … [つづき]
円明園由来の石像(友好賓館内)
北京 旅行記 北京 /  2005年04月15日〜 /  写真12枚
 北京の交道口の后円恩寺胡同にある友好賓館の中には円明園由来の石像が残されています。  1875年に清朝の王子の邸としてイタリア人によって建てられたものが,ホテルの敷地に有ります。そして,石像はこの建物の前の池の廻りに無造作に置かれています。  また,この建物は,28年から48年まで蒋介石の北京別邸となっていました。すでに,イタリアの資材を用いて修復が終わっており,蒋介石夫妻の部屋も復元されて … [つづき]
蕨ぶらぶら
大宮・浦和・川口 旅行記 大宮・浦和・川口 /  2005年04月03日〜 /  写真9枚
 蕨の市立歴史民俗資料館分館に行ってい見た。JR京浜東北線の蕨駅西口から真直ぐ15分程歩くと旧中山道に出る。途中はちょっと寂れた感じの商店街が続く。  旧中山道に出て直ぐに左へ1ー2分。蕨郵便局の前に資料館分館が有る。明治時代に織物の買継商(かいつぎしょう)の建物を利用した物で,旧道に面した店は明治20年に建てられた物とか。土蔵の中には『わらび文庫』が設置されている。  庭には何故か白花タンポ … [つづき]
レース屋さんが並ぶ街上海中華路
上海 旅行記 上海 /  2005年01月15日〜 /  写真7枚
 豫園の西門に近い中華路に衣料品の補助材料屋が並んでいる。中でも目立つのはレース屋。それに,ポシェットなどを売る店。 … [つづき]
上海の郵便局
上海 旅行記 上海 /  2005年01月14日〜 /  写真9枚
 旅に出るとお世話になるのが郵便局。ちょっと友人に絵はがきを出したり,買物を小包やEMSで送ったり。上海は郵政のサービス網の整備されている都市なので,北京などよりかなり便利だ。  左の写真は,上海郵政の象徴の郵政局の建物。この2階には四川路橋局が有る。 … [つづき]
珠江夜景
広州 旅行記 広州 /  2004年09月25日〜 /  写真6枚
 広州は沙面の夜は,島の主な建物がライトアップされているので,明るく,きらびやか。  目を珠江に転じると,こちら側の照明も明るいが,対岸の光もまた素晴らしい。そして,通り過ぎる観光船の光も負けずに明るく魅力的。  川沿いの公園は,夜になると,露天バーに。 … [つづき]
凱里の西門市場
凱里 旅行記 凱里 /  2004年09月22日〜 /  写真7枚
 凱里は新興の町なので,町並みは,見える所は,どんどん近代化している。そこ自体には確かに観光という観点から言えば,見どころはない。しかし,人が住んでいるのだから,市場は有る。滞在中の一日,西門市場を覗いてみた。  ここは大型の食品市場だが,周辺には沢山の商店が有り,様々な商品が並んでいる。 … [つづき]
凱里舟渓行
凱里 旅行記 凱里 /  2004年09月22日〜 /  写真13枚
 04年の9月22日に舟渓を訪ねた。稲刈りの時期だったが,辺り一面が霞んでしまってカメラでは手に負えない状態。それでも,画像を調整してみた。  ここも凱里市の鎮で,鎮政府(町役場),中学校が有り,大きくは無いが商店街が有る。龍場よりは町らしい雰囲気がある。歴史的には分らないが,建物はこちらの方が新しい。  商店街には,タネ屋,農薬屋,飼料,農機具屋など農業支援物資を売る店が多い。特にタネ屋 … [つづき]
貴州・重安鎮
凱里 旅行記 凱里 /  2004年09月21日〜 /  写真23枚
  04年9月に黔東南州の州都凱里市から州内の隣の黄平県の重安鎮へ足を伸ばした。  州内には1市と15県が有る。凱里市が県レベルの市なので,行政的には余り大きな差はないのだが,凱里に州政府が有るだけに,他の県との経済格差は大きい。  重安は凱里市と黄平県との境の黄平側に有る古い鎮=町,ここから黄平県城を通って準義の方に通ずる道が有る交通の要だ。  凱里からのバスが,高い崖を見ながらが続く … [つづき]
凱里麻塘行
凱里 旅行記 凱里 /  2004年09月19日〜 /  写真19枚
 この日は二年ぶり二度目の麻塘行きだった。まあまあの天気だったので,楽しいピクニックとなった。  麻塘はイ革家(Gejia)の人達が住む村だ。イ革家は未だ中央政府から正規の民族としては認められていない。しかし,周辺の苗族は彼らを自分達とは別の民族として付き合っているようだ。藍染めのデザインも全く異なっているし,始祖伝説もまた違うと言う。  この村は凱里市の龍場鎮の一部で,凱里市内からは龍場 … [つづき]
凱里ぶらぶら
凱里 旅行記 凱里 /  2004年09月16日〜 /  写真15枚
 04年の9月9月16日から24日まで凱里に滞在した。  市内では食料品市場,少数民族の衣料品市場,東門街の古い商店街などへ行った他は,苗族の友人達の家にいた時間が長かった。  凱里市内をぶらぶらした時の写真を整理してみた。 … [つづき]
夜の上下九路
広州 旅行記 広州 /  2004年09月14日〜 /  写真13枚
 西南の方に行く時はいつも広州を通る。その度に,必ず歩くのが上下九路。夜,昼とも明るい雰囲気の庶民の街だ。特に夕方から夜にかけては,若い人の多いことと,ネオンや照明の明るさに目を引かれる。昔は週に1日は電休日が有ったのもうそみたい。街のネオンの中でも,日本でも見られる広告についつい目が行くのは不思議。  中心部に並ぶ路上の屋台は,毎日が縁日の雰囲気。両側の商店と入交じって,街を賑やかにしている。 … [つづき]
03年11月雲南・大盈江の河原に咲く花
雲南省 旅行記 雲南省 /  2003年11月21日〜 /  写真15枚
 雲南省徳宏タイ族ジンポ族自治州の盈江県はビルマに接していて,県内を流れる川はビルマの大河イラワジ川に流れ込み,アンダマン海に出て行きます。県庁所在地の平原鎮は可成り大きな町で,ビルマナンバーのトラックや乗用車も入って来ています。  バスは町に入る手前で,盈江を超える橋を渡ります。表紙の右側が平源鎭で,この辺りから川の名が大盈江となり川巾は広くなって,ダムのせいでほとんどが水の無い河原になっ … [つづき]
雲南徳宏州盈江県平原鎮に来たビルマのトラック
雲南省 旅行記 雲南省 /  2003年11月21日〜 /  写真4枚
 03年11月21日に盈江県の県庁所在地平原鎮のホテルの中庭にビルマからのトラックが停っていた。両国間を出入りする許可証を着けていた以上に目立ったのは,元の持ち主の名前。  中古車として輸出された車は,元の持ち主の名を残したまま走り回っている。  かつて,北京では沖縄の中古バスが沢山走っていたり,越南国境の河口でも越南籍の大型トラックを沢山見た。  ビルマ国境の町でも,ビルマ籍の中古車が走っ … [つづき]
盈江の日常生活と民族衣装
雲南省 旅行記 雲南省 /  2003年11月20日〜 /  写真14枚
 盈江はビルマに接する県で,少数民族の姿が目立つ。この辺りまで来ると,日常的に色鮮やかな民族衣装を着ているグループと洋装化に近付いているのだが,それでもポイントは忘れていないグループの二つの流れが目立つ。  タイ族のおしゃれな衣装は,仕立て屋と既製服を売る店とで見かけた。ただ,あの美しい服を来て町を歩く人は見かけなかった。  盈江バスターミナル前の道に開かれた市場の方は,タイ族が多く,民族衣装 … [つづき]
梁河のバスターミナルで
雲南省 旅行記 雲南省 /  2003年11月20日〜 /  写真7枚
 雲南省の徳宏州の梁河県のバスターミナル。ここには州内各地とを結ぶバスが出ています。省都昆明とを往来するバスも出入りします。  中国のバスはフロントガラスに終発地を表示しているのが多いので,実際にどこへ行くバスが出ているかが解ります。  表紙の写真は州都ルーシ市とを結ぶバスです。ルーシ市(ルーはさんずい+路,シは西)は一般に州政府の有る町である芒市鎮の名をとり芒市と呼ばれています。州内 … [つづき]
南甸宣撫司署(土司の役所兼公邸兼私邸)
雲南省 旅行記 雲南省 /  2003年11月19日〜 /  写真16枚
 雲南省梁河県にある南甸宣撫司署は,中央政府の所在地から遠い地に置かれた統治機構であり,その外にあるビルマなどの地との外交関係を処理する機構でもあった。  中国の封建時代においては,地方には中央から任命される官僚が封ぜられていたのだが,雲南のような僻遠の地には,あたかもその地の皇帝のような世襲の生殺与奪の権限を与えられた宣撫司が存在した。  雲南省梁河の宣撫司は1398年から1950年5月まで … [つづき]
梁河県の太平寺ー田舎の静かなお寺
雲南省 旅行記 雲南省 /  2003年11月19日〜 /  写真15枚
   表紙の寺名の上の方は,黎元洪の筆による。    梁河のバスターミナルからほど近くにある南甸宣撫司署は,現在のところにに移って来る前はには,いま九保と呼ばれる小さな町にあった。    九保へはバスターミナルからミニバンで,20分ほどのところにある。その旧跡には太平寺という寺がある。    中国も雲南のビルマ国境に近い地にあるこの寺には,中国の雰囲気しかない。    寺の外は … [つづき]
多民族・多言語社会
雲南省 旅行記 雲南省 /  2003年11月19日〜 /  写真3枚
 雲南は多数民族社会。様々な民族が住む。  旅の途中にそれを示す文字を見かける。徳宏タイ族ジンポ族自治州の梁河県の県庁所在地の鎮政府所在地の鎮政府,盈江県政府,盈江の診療所の看板をご紹介。  ジンポ族の文字は,可成り昔に米国人宣教師が彼らのために作り出したローマ字による表記法をベースにしている。  ジンポ族は隣のビルマに住むカチン族と同じ民族。向こう側もほぼこの表記法だと言う。  タイ族の … [つづき]
紙の馬
雲南省 旅行記 雲南省 /  2003年11月19日〜 /  写真3枚
 貴州もビルマに近い梁河の街を歩いていたら黒い紙の馬が目に付き,近寄ったら葬儀社の店頭であった。  特定の民族が使うのかと尋ねたら,特に決まっていない,漢族も,少数民族も使うという。  隣の県の盈江で,食事をしていたら,爆竹の轟音。手間取って,前を通る姿しか写せなかったが,トラックに乗せられた白い馬。  この辺りの葬儀はどうやら陽気な雰囲気の中で進むようだ。 … [つづき]
雲南・騰衝ー梁河ー盈江ー芒市の市場から
雲南省 旅行記 雲南省 /  2003年11月16日〜 /  写真30枚
 昆明からの飛行機が保山の飛行場に着いたときは薄暗くなっていた。タラップを降りて,歩いてターミナルへ行き,荷物を受取って,タクシーに乗ったのは一番目だった。  タクシーに乗り,走り出して暫くすると,何処の家の中も蝋燭の光なので,吃驚したら,運転手が飛行機が降りて来るときは安全面からの規定で電燈を着けてはならないと決まっているのだと教えてくれた。  翌日バスで,騰衝へ。そして,梁河,盈江,芒 … [つづき]
広州の華林寺
広州 旅行記 広州 /  2003年11月15日〜 /  写真11枚
   広州の華林寺は,賑やかな下九路からほど遠くない所にある1,400年の歴史があるというお寺だ。    いわゆる山門というイメージの門がないので,何かどうということのない寺のように感じたが,意外や意外なかなかのというよりも,すごい歴史を持つお寺なのにはびっくりさせられた。    94年には,五百羅漢が並ぶ五百羅漢堂が再建されている。    広州のお寺は,日本のお寺と違い抹香臭い所がほと … [つづき]
香港の切手自動販売機の説明
香港 旅行記 香港 /  2003年11月12日〜 /  写真3枚
 香港の郵便局(GPO)は,スターフェリーの乗場のすぐ側に有ります。  ここの外壁に切手とフラマの自販機が並んでいます。  九龍のホテルに泊り,フェリーで香港島に渡り,GPOの1階の売店で絵はがきや封筒などを買って,外の自販機で切手を買って,投函してから,2階から空中歩道に出て,10分程海を右手に眺め乍らブラブラ行くと,マカオ行きの船が出る埠頭に。ここからジェットフォイルでマカオへ。   … [つづき]
青岩鎮はやはり古い町でした。
貴陽 旅行記 貴陽 /  2003年08月27日〜 /  写真11枚
 青岩鎮は,パンフやポスターがあちこちに有るので行く気は無かったのだが,花渓公園がつまらなかったので,ミニミニバンでやって来た。  古い町なのだが,そしてポスターは城壁を古色蒼然たるものに仕上げてあるので,期待したら,何とポスターの北門は今出来。  でも,中はそれなりに,昔の人がこの町を通って貴陽に向かうのだなという感じは残っている。今や,観光が最大の産業のようで,多少の嫌らしさは有るが,市場 … [つづき]
凱里の農産物のタネ屋
凱里 旅行記 凱里 /  2003年08月24日〜 /  写真9枚
 03年の夏の凱里市では,国営のタネ屋とその店の敷地前でタネを売る農民のトラブルが見られた。国営の店のタネは奇麗な袋に入った,つまり日本で見られるような袋に入ったタネと農民の量り売りのタネとの戦いだ。  恐らく今は,国営の店の勝利だろうが,新しく安定した品種がいくら条件が良いと言っても,農民の全てが市場向けの商品を作るのが目的ではないだろうし,大量に市場に持ち込むのではないものなどの場合は,必ず … [つづき]
凱里の少数民族衣装の市場
凱里 旅行記 凱里 /  2003年08月24日〜 /  写真9枚
 2005年になってそれまでの町外れの商貿街から,その手前の広場に場所を移して金土日に民族衣装とその部品を扱う市が開かれている。  貴州各地の苗族,トン族のの藍染,刺繍品が並び,買い付けの商人,自分の子供のために買い求める人など様々。商人はここで買い付け,貴陽,昆明,さらには北京,上海に向け商品を動かしている。ここに商品を持ち込む商人もまた,各地からやって来る。  素人を排除しないので,外国人 … [つづき]
独自の刺繍を持つ曼洞村
凱里 旅行記 凱里 /  2003年08月23日〜 /  写真9枚
 凱里市内の農村曼洞村(行政的には,貴州省黔東南州凱里市舟渓鎮曼洞村),ここも苗族の村。  山肌に家が貼り付くタイプの聚落。一軒一軒を訪ねるには,山を登ったり,降りたりしなければならない。これは,貴州の農村ではほとんど共通の条件。  平らな所はたんぼ。村を通り抜ける道沿いにわずかな商店が有る。驚いたのは,ご覧の通りの肉屋さん。未だ黒い毛が残っているまま売りに出されている。売り子の若さも。   … [つづき]
曼洞村の刺繍
凱里 旅行記 凱里 /  2003年08月23日〜 /  写真5枚
 この村は苗族の村。ここの刺繍は苗族の刺繍の中でも可成り独特のもの。  こういう刺繍の伝統的技術を残そうと,“刺繍楼”という名の新しい建物の建設が進められていた。日本人の資金協力の元で,行なわれていることが書かれていた。 … [つづき]
南皋(ナンガオ)の町で
凱里 旅行記 凱里 /  2003年08月23日〜 /  写真11枚
 南皋は,黔東南州の州都凱里市の舟渓鎮,曼洞村を通り過ぎ,隣の丹寨県に入って最初に出会う鎮で,凱里の民族博物館の脇のバスターミナルから中型のバスが出ている。取り敢えず行ってみることにして時刻表を見ていたら1時間後に出発といわれ,その時間行ったら,客が少ないので,もう1時間といわれて,タクシーで舟渓,曼洞に寄ってからやって来た。  鎮なので,農業に拘わっていないなという住宅も多く,商店街も小さい乍 … [つづき]
竹細工の店
凱里 旅行記 凱里 /  2003年08月23日〜 /  写真6枚
 凱里の西門市場の側に竹細工を作り,売っている店が並んでいる。付近には様々な手工業者の店が並ぶ古い一角だ。 … [つづき]
苗族の衣装を売る店
凱里 旅行記 凱里 /  2003年08月22日〜 /  写真3枚
 凱里の営盤坡民族賓館のある営盤東路には,今は沢山の土産物を売る店が有る。  03年頃は,ちょっと覗こうかと思わせる店はここだけだった。  苗族の衣装は,刺繍と藍染めの総合芸術品。全てが手仕事の成果だ。  新しいものは,今の生産技術が取り入れられているが,古着の類いは精魂込めた物ばかり。 … [つづき]
ソウルの野菜市場
ソウル 旅行記 ソウル /  2003年03月12日〜 /  写真11枚
 02年3月にソウルを訪れた一日,地下鉄に乗り,清涼里駅のそばの野菜などをメインとする市場を訪ねた。手前には,肉類のマーケットが有ったが,余り興味を引かれず,更に進んだ所で野菜のマーケットを見つけた。  野菜を売る店は,店鋪有り,露店有り,リアカ有りで,中でも目立ったのは,暖かな春なので,山菜類。日本には余り無いもののように見えたが,東大門市場の飲み屋街の一角に有るビビンバの店頭に10種類以上も … [つづき]
03年春ソウル
ソウル 旅行記 ソウル /  2003年03月11日〜 /  写真22枚
 03年3月11日から18日まで韓国へ出かけた。この間,アンドンやインチョンに出かけた他は,ソウルにいた。ソウルの慶福宮と晶徳宮との間の北村と呼ばれる所に在るソウルゲストハウスにお世話になった。  北村,清涼里の市場(別項),清涼里駅前のファーストフード街などが珍しく,面白かった。  春なので,野菜が多く,特に山菜類の多さが目立つ。泥付きの野菜などが並んでいるので,日本の八百屋で買うのとは趣の … [つづき]
03年3月安東,インチョンへの旅
安東 旅行記 安東 /  2003年03月11日〜 /  写真33枚
 03年の3月11日から18日まで韓国へ。この時は,ソウルから入り,安東へ行き,その後仁川に行き,ソウルから帰った。  この時の記憶に残っているのは,富士山が良く見えたこと,インチョン空港に着く前に水原の上を飛んだことと,安東の豪壮なヤンパンの家,そして,わらぶきの農家。山の中の寺鳳停寺。  ヤンパンの出身地として有名な安東では,ヤンパンの家に泊めてもらった。女学校へ行ったと言うお婆さ … [つづき]
広西三江ラオパオ/山地の川沿いの商業地
広西チワン族自治区 旅行記 広西チワン族自治区 /  2002年10月03日〜 /  写真14枚
   川沿いのラオパオを訪ねたのは,もう6年程前になる。    三江のバスターミナルで,時刻表を見ていてヨシと決めたのが,ラオパオ郷。バスの両側も楽しかった。このラオパオは三江県の農山村部の商業地で,鉄道の駅もある。かつては水上交通の重要な拠点だったらしい。今でも,水運が盛んだと思わすだけの船よりも漁船が目立つ。    今後,道路整備も進むだろうから,美しい川を利用した産業が育つといいなと思う … [つづき]
広西三江県ドゥートン/バスで行ける最後の村
三江 旅行記 三江 /  2002年10月02日〜 /  写真29枚
 02年10月2日,朝から三江のバスターミナルからバスで,ドゥートン独(山同)へ行く。バスが通っている一番奥だというので,さてどんな所かとバスに乗り込む。途中に人畜別の道を持つ風雨橋を持つバートゥアンが有るので,時間さえ許せばここにもと,欲張ったスケジュールで出発。結果は両方を訪ねることが出来た。バートゥアンは,別項で。 … [つづき]
広西三江バートゥアン/人畜分離橋の有る村
三江 旅行記 三江 /  2002年10月02日〜 /  写真12枚
 02年10月2日,独(山同)からの帰りに途中下車して,バートゥアンに寄った。ここは,入口の風雨橋が人畜が別の道を歩けるように作られていることで有名な所で,一体どうなっているかにも興味が有ったので,ドゥートン独(山同)には2時間ほどいて,二つ目のバスを待って,離れた。  二つの村は距離的にはそう離れている訳ではないが,山の中であるので,ドゥートンの人からもバスの利用を薦められた。  ここの風雨 … [つづき]
程陽橋
三江 旅行記 三江 /  2002年09月30日〜 /  写真12枚
 程陽橋は足の便が良いので,三江県の観光の看板だ。バス停は橋の直ぐ前。降りると,早速入場料を集めに来る。  橋を渡る前に,先ずはともあれ橋を前から後ろから,そして渡ろうとするとお土産売りが橋の上に店を出している。彼女らはこの郷の住人だ。渡ったらまた橋を見る。あちこちから見るに値する美しい姿だ。  馬安寨,平寨,岩寨と回り,最後にトン妹油茶屋で一服。元に戻る途中で橋の上で買物。バスで三江に戻 … [つづき]
貴州藜平の刺繍工房
凱里 旅行記 凱里 /  2002年09月25日〜 /  写真15枚
 トン族の刺繍は独特のもの。彼女らの衣装には刺繍がふんだんに使われている。そして,その技術を応用した土産品が作られている。  県政府に勤めているホテルのフロントの恋人に紹介してもらって,工房をのぞいた。 … [つづき]
藜平の町
凱里 旅行記 凱里 /  2002年09月25日〜 /  写真5枚
 藜平は,中国共産党史の中での重要な位置を占めているから中国人には知らぬ人が無い程の地名だ。  観光地としては,県内の肇興郷の方が有名なので,情報もそちらの方が多いという黔東南州下の県庁所在地の徳鳳鎮。交通の関係で,徳鳳に泊った方は少なくないようだが,肇興のトン族の村や地坪の風雨橋に行くついでではなかったのではないだろうか。  町は古い城壁に囲まれた町だったが,今は小さな東門しか残されていない … [つづき]
貴州黔東南州錦屏県
凱里 旅行記 凱里 /  2002年09月24日〜 /  写真34枚
 前は,凱里から西回りで榕江,従江,肇興,従江を通って,広西の三江に出て,桂林から飛行機で広州に戻った。今回は凱里から,東回りで三穂,天柱,錦屏,藜平,肇興,三江,龍勝から桂林へ出た。  肇興を除くと県庁所在地だ。どこも1,2泊で有ったが,随分経済格差が大きいと感じさせられた。  この錦屏県政府の有る三江鎮は,川を中心に発達した町で,今も川港が機能していて,沢山の定期航路が開かれている。   … [つづき]
貴州黔東南州天柱
凱里 旅行記 凱里 /  2002年09月22日〜 /  写真20枚
 天柱の中心は鳳城鎮。この町は近代化が始まっている。郊外の農地を潰しての広い道路,中層の住宅からなる新市街の建設,旧市街の改造が目立つ。  それでも,人々の生活は余り変わっていないのではないかと思わされる。 … [つづき]
貴州・銅仁の町
貴州省 旅行記 貴州省 /  2002年09月19日〜 /  写真16枚
 貴州銅仁地区は凱里を首府とする黔東南州の北側に有る。  凱里からちょっと汽車に乗って2泊ほどして来た。この町には雲南で良く食べた砂鍋飯が有ったので,懐かしくなって,2日も通ってしまった。  後で聞いた話だけれど,ここから湖南の鳳凰は近い。バスも出ていると。それを聞いた時は,ああ,知らなんだ,という思いだった。 … [つづき]
貴州省黔東南州のミニオート三輪/自動車写真
凱里 旅行記 凱里 /  2002年09月18日〜 /  写真37枚
 2002年に凱里を州都とする黔東南州を中心に,銅仁地区,それに広西の街を旅した時に写した写真に自動車が多かったので,整理してみた。もう,3年以上も前になるので,すっかり様子は変わっただろうし,あるいはもう生産されていないかも知れないけれど,意外な自動車があるので,その姿を自動車特集として,残しておきたいと思って整理してみた。    オート三輪やミニバンはタクシーとしても使われている。ミニバン … [つづき]
漢族食堂?回民食堂?
哈爾濱 旅行記 哈爾濱 /  2002年06月15日〜 /  写真2枚
   中国では,回民が多い地帯では,当然のことだが,回民料理店がある。    両者の違いは,豚肉を使うか,使わぬかだけではないらしいのだが,私にとってはその違い以外は,余り気にならない。       もっとも厳格な戒律を守る回民の店や回教徒の店はアルコールを出さない。    この2つ,回民と書いてなくても東北では青い色の,そして漢族の方は赤い色のぴらぴらしたものをぶら下げている.これは昔 … [つづき]
図們の中朝国境
吉林省 旅行記 吉林省 /  2002年06月12日〜 /  写真5枚
 赤道には赤い線が引かれていると子供の頃に聞かされた。それも,見える訳がないだろうと,最後に一発かまされるという話付で。  中朝の国境には本当に赤い線が引かれている。中国側の管轄範囲迄は誰でも,多分誰でも,行くことができる。超えてはならない一線は本当はもう少し向こうだとは思うのだが。  中国側のゲートの屋上にはコイン式の望遠鏡が置かれている。  有料で上げて置いてもう一回払えという商売が成り … [つづき]
虎山長城
遼寧省 旅行記 遼寧省 /  2002年06月07日〜 /  写真12枚
 丹東へ行ったらタクシーの運転手が長城へ行かないかというので,半信半疑で出かけた.  途中で,朝鮮との国境線が歩いて渡れるところまでつれて行かれた。一またぎできるというところで,実際国境を越えることは難しくない.  そばに寄って来た朝鮮側の警備兵(?)は,日に焼けて痩せこけていた。正規軍ではなく民兵だったのだろう.  その場所は,虎山長城図の中国側に貼り付くようになった部分で,確かにそういう … [つづき]
02年6月丹東(朝鮮を覗く)
遼寧省 旅行記 遼寧省 /  2002年06月06日〜 /  写真10枚
 02年6月6日に瀋陽から丹東に列車で行って一泊した。対岸は朝鮮の新羲州,中を繋ぐのは鴨緑江大橋。  表紙の写真は対岸の新羲州の造船所。ほとんど作業が行なわれていないようだった。観光船は朝鮮の直ぐそばまで近付く。仕事も無く,座って川を見ている人達の顔がはっきり見えた。 … [つづき]
02年3月凱里の凧揚げ
凱里 旅行記 凱里 /  2002年03月16日〜 /  写真12枚
 02年3月に凱里へ。ある日,町の中でタコが上がっていたので吊られて行ってみたら,建物を取壊した跡の広場がタコを売る人,上げる人,そして其れを見る人で賑わっていた。  クレヨン新ちゃんが有ったのには驚いた。  この広場,今は高級マンションが建ってしまって,もう無い。 … [つづき]
02年3月黔東南州台江県城
凱里 旅行記 凱里 /  2002年03月14日〜 /  写真11枚
 02年3月14日,凱里市の隣の台江県の県庁所在地の台拱鎮に出かけた。バスを降りたのも乗ったのもそこら辺だった。ターミナルがどこかは,解らない。県庁所在地でこんなことは他では無かったのだが。  今は,もう3年も経っているので,きちんとしているのではないかと思う。もっとも,翌年の03年にここを経由して凱里に戻ったときも,バス停の表示が無かったので,さてどうなっているだろうか。  この町は … [つづき]
鎮遠の春の花
凱里 旅行記 凱里 /  2002年03月13日〜 /  写真7枚
 3月の鎮遠の花。農村や川端の道には,春がいっぱい。 … [つづき]
春の晴れた日の湘黔線の鎮遠→凱里区間
凱里 旅行記 凱里 /  2002年03月13日〜 /  写真10枚
 鎮遠で2日間を過ごし,再び列車に乗り,凱里に戻った。列車は,行きは貴陽・玉屏間のN874,帰りは戻りののN873。これはには,カラオケ車輌が1輛だけ連結されていて,それには10元が必要。時にはガナリ立てている人達もいるが,半分は音もしない。座席はいわゆる軟席で,一定時間カラオケを我慢すれば,つまりその間寝ていれば,快適。  それでも,先ず駅構内で,そしてプラットホームでの座席の奪い合いは凄い。 … [つづき]
貴州黔東南州鎮遠
凱里 旅行記 凱里 /  2002年03月11日〜 /  写真12枚
 02年3月11日から13日まで凱里から鎮遠へ2泊3日の旅をした。  鎮遠は古くからの町で,昔々この町にやって来た安徽や江西辺りからの漢族の子孫が多い。地名は遠くを鎮圧すると言うのだが,実態は鎮苗であって,町の説明板に書かれている。  この町は舟運で江南に繋がっており,彼らはこの奥に住む少数民族との取引に従事しており,それによる富がこの町の古い立派な様相を作り上げたのである。  今は … [つづき]
02年春凱里/街角の少数民族
凱里 旅行記 凱里 /  2002年03月09日〜 /  写真15枚
 02年3月に凱里へ。この頃は,歩いていると路上で普段着の民族衣装を来た人達を見かけることが多かった。この写真の様子は,余り見掛けなくなってしまったように感じる。経済的に豊かになるに従い,店で売っている洋服を着るようになったからだろう。   … [つづき]
大理近郊周城の竜泉寺
雲南省 旅行記 雲南省 /  2002年03月05日〜 /  写真15枚
 お寺で表紙の仏像を見た時には驚いた。しかし,日本にも似たような仏さんがいたことを思い出し,一寸だけ日本の方がきれいに仕上げてあるに過ぎないように感じた。  所変われば品変わるで,仏教と行っても各地みな違っている。  変わっている点で言えば,諸費用が公開されている所。宗教施設は個人所有ではないようだ。    中国の宗教施設に行くと,文革の時期にはどうだったんだろうと、いつも思う。 … [つづき]
大里近郊周城の景帝廟
大理 旅行記 大理 /  2002年03月05日〜 /  写真9枚
 民族が違えば,宗教も異なる。見慣れぬ仏像,神像に驚き,そこの人々の心の中を知ろうとしても,なかなか。  ここは,竜泉寺の隣にある景帝廟。ここには留守番?のおばあさんがいた。なまりが酷く,ほとんど分からなかった。 … [つづき]
大理の周城(絞り染めの町)
大理 旅行記 大理 /  2002年03月05日〜 /  写真7枚
 大理の周城は絞り染の町。広場の舞台と大木がシンボル。その周りに市が立つ。  山肌に沿って町が伸びているので,狭い坂道を昇り降りしながら出入りする。奥には多くの紺屋が有るが,可成りの所が化学染料を使っている,うちは天然藍だよと言うくらいだから,化学染料の普及はもう停まらないだろう。大理城内でも売り子は,ウソかホンとか自分のは天然と勧める。  この町は大理の土産物の一大産地であり,同時に中国各地 … [つづき]
大里近郊喜州鎭のモスク
大理 旅行記 大理 /  2002年03月04日〜 /  写真4枚
   大理の近郊喜州鎭には,仏教の寺があるのは当然としても,ここに清真寺があろうとは思わなかった。夕方,食事の前にあちこちブラブラしていたら,大きな建物の前に出た。    そして,それが,この地の清真寺だった。寺の周辺には回民の住居とはっきり分かる家が何軒かあった。これだけの寺を維持するのだから,わたしたちには分からない特別の表示がない家に住むモスリムも沢山いることだろう。    建物が新しい … [つづき]
大里近郊喜州鎭の寺
大理 旅行記 大理 /  2002年03月04日〜 /  写真8枚
   5年前に訪ねた喜州でも宗教施設の修復が進められていた。    この町喜州鎭はかつての豊かな経済に支えられ,大きな民家が多い。華やかな時期にたてられたであろう仏教の寺や道教風の古い寺が今や大改修の過程にあった。    どちらも,経済の再発展に伴い修理が薦められていた。5年も前の写真だから,寺はあわれな姿をさらしていたが,今ではすっかりきれいになって,信者もそこに頼ることが罪悪視されるこ … [つづき]
大理の喜洲鎮
大理 旅行記 大理 /  2002年03月04日〜 /  写真9枚
 大理からちょっと行った所に喜洲鎮が有る。そして,そこからは絞りで著明な周城は近い。周城は山に貼り付いた町だが,喜洲は湖に近い平らな所に有る町で,董家大院,厳家大院はじめ幾つかの今風に言えば豪邸が残されている。地主であったり,近代化過程での資本家で,国内で広く活動した人達が出たと言う。今はもう全て歴史の中の物語になっている。  かつて豊かな町で有ったことを示す古い建物が残された町の周辺は農村で, … [つづき]
喜洲の葬列
大理 旅行記 大理 /  2002年03月04日〜 /  写真8枚
 喜洲の町を歩いていたら,突然爆竹の音が,そしてその集団に先行する男達が私に迄タバコを呉れた。吸わないのにお供養だからと頂いた。  暫くして葬列の本体が。悲しみを表すしきたりは異なるが,旅で出会うと,人の営みが瞬間的なものであることを余計思わされる。  今迄の旅の途中で何度かすれ違ったり,爆竹での音で,遠くを歩く人達の姿を見掛けた。 … [つづき]
大理城内の路上の食物屋
大理 旅行記 大理 /  2002年03月03日〜 /  写真4枚
 大理では,街頭の食物やが幾人かいた。今もいるのだろうか。  何と言っても一番は焼きチーズ屋だろう。くせになり,毎晩食べた。04年に貴陽で同じ名前の物を売っているのを見つけたが,香りとボリュームは本物には及ばない。 … [つづき]
大理城内の食堂
大理 旅行記 大理 /  2002年03月03日〜 /  写真6枚
 大理城内には,食料品を扱う市場と,衣料品や果物などを扱う市場とが有る。  食品市場には,食堂も有る。食堂で食べるには,先ず材料を選び,調理法を選ばなければならない。そしたら,暫し待てと言って,作ってくれる。喜州でもそうだったが,客が城内の方が圧倒的に多く,材料も揃っていた。   … [つづき]
5年前の大理
大理 旅行記 大理 /  2002年03月03日〜 /  写真13枚
   大理城外の目玉は蒼山と三塔寺。蒼山をバックにした三塔は美しく、池に映る姿もまた美しい。5年前の春の旅の写真は,実際は町の姿は大きく変わっているに違いないのだが,意外に今も新鮮。    城内も,城門の上から見る風景が変わっているのではないかな。    最近いらっしゃった方のご覧になった町の表情とキット違った姿が残っているんじゃないかと思います。    表紙は,池に写る三塔。この辺りは,変 … [つづき]
大理の町
大理 旅行記 大理 /  2002年03月03日〜 /  写真6枚
 大理古城は蒼山をバックに,アルハイを前に絵に成る町だ。今やすっかり大観光地となり,町の人々の生活も可成りの部分観光に依存しているようだ。  長い歴史の中で消えてしまった建物も観光資源の拡充のために再建され,昔から有るような顔を見せることに成る。 … [つづき]
02年2月雲南芒市,瑞麗,ワンディンの旅
中国 その他の都市 旅行記 中国 その他の都市 /  2002年02月10日〜 /  写真23枚
  2002年の2月に芒市から瑞麗までバスで,瑞麗からマイクロバスでワンディンへ,そしてワンディンから芒市へマイクロバスで戻った。この道路高速道路ではないが,有料道路で,快適なバスの旅が楽しめる。   芒市鎮には徳宏タイ族ジンポ族自治州政府が置かれ,同州には隣国ビルマに出るルートが有るが,日本人は陸路での出入りは許されていない。   ワンディンからの帰りには,パスポートをコピーしても良 … [つづき]
雲南の旅,芒市から保山への道で。
雲南省 旅行記 雲南省 /  2001年12月01日〜 /  写真13枚
   朝,バスで芒市を発ち,保山に向かう。途中幾つかの町や村を通ったが,チョファンという町で市が立っていたので,車上から写真を撮る。未だここは芒市のうち。    この町を出てだいぶいってから瀾滄江大橋を渡る。渡ってまもなく大渋滞に巻き込まれ,暫くバスを降りて休憩。大木を積んだトラックなども動けず,みな一休み。 … [つづき]
2001年秋の黔東南州肇興の民族工芸品市場
凱里 旅行記 凱里 /  2001年10月03日〜 /  写真12枚
    初めて肇興を尋ねたのは,01年の10月。黔東南州の首府凱里から桂林に向かう途中,従江県城から洛香へバスで行き,そこから三輪車で肇興に行った。日帰りの予定だったが,一泊し,のんびりとしたトン族の町を楽しんだ。    同じ場所で,05年の秋に当時と同じ人たちが刺繍品を中心に様々な民族工芸品を売っていた。トン族のものではあるが, 藜平県各地のものが集っているようで,彼らが着たりしているもの … [つづき]
雲南・河口、国境の町
雲南省 旅行記 雲南省 /  2001年01月30日〜 /  写真12枚
前日は蒙自だった。朝、バスで河口へ。宿を決め、ぶらぶら散歩。川っぷちで舟に乗らないかというので、乗り込む。水面が福井ので、土手と鉄橋ばかり見せられた。  市場は小さいながらも賑やか。  ここでも、ベトナムナンバーのトラックをたくさん見た。どれも、日本製で大きなものばかり。  国境の鉄道橋の前で警備の兵士に写真を撮ってよいかと尋ねたら、良く見ていけといわれた。状況が良いのだろう。  翌朝 … [つづき]
西南の天安門がある町ー建水
雲南省 旅行記 雲南省 /  2001年01月28日〜 /  写真18枚
   雲南の建水には天安門があると、昆明への機場で聞いた。    その上、この地の孔子廟は、北京のそれに次ぐ規模とか。    孔子廟の入り口の門は、明万歴3年(1575年)建設。その後、清雍正4年(1726年)に再建されたもの。これをくぐり、大きな池の周りを歩いて、対岸の様々な建物を見終わる頃には、面積も、建物の数も大変なものと思わされる。    この地ばかりでなく、どこへ行っても孔子様は大 … [つづき]
北京の潭柘寺塔林
北京 旅行記 北京 /  2000年05月10日〜 /  写真20枚
  84年に任務を終えて帰国前に中国の友人一家と北京の西の郊外にある名刹潭柘寺を訪れた時に,寺の外に石碑が建った一帯があった。友人は何かは知らないということだった。    2000年に一人で行ったが,何よりも気になっていた塔の林立する墓地を訪ねたら,塀が出来ており,当然のことだが,“潭柘寺塔林”と書かれた門と切符の売り場が出来ていた。案内人などはいなかった。開いていたので,中に入り,写 … [つづき]
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