しんちゃんさんの旅行記 >> 栗山東照宮 日光市野門【旧塩谷郡栗山村野門(のかど)】

旅行のまぐまぐ!
   旅行のまぐまぐ > 国内旅行 > 国内旅行記 > しんちゃんさん > 栗山東照宮 日光市野門【旧塩谷郡栗山村野門(のかど)】
旅行のクチコミサイト フォートラベル
4travel

しんちゃんさん 写真
トラベラー名しんちゃん
登録日2004年06月28日
渡航国12ヵ国
渡航地図

エリアで選ぶ


北海道地方
東北地方
関東地方
甲信越地方
北陸地方
東海地方
近畿地方
中国地方
四国地方
九州地方
沖縄地方


テーマで選ぶ


スポーツ観戦
ダイビング
マリンスポーツ
スキー・スノーボード
ゴルフ
ドライブ・ツーリング
登山・ハイキング
アウトドア・スポーツ体験
世界遺産・遺跡
自然・動物
歴史・文化・芸術
寺社・札所めぐり
花見・紅葉
クルーズ
家族・子連れ・バリアフリー
フルーツ狩り
ビーチ・島・リゾート
グルメ
温泉・エステ・癒し
ショッピング
エンターテイメント・テーマパーク
イベント・祭り・花火
夜景
鉄道・乗物
出張




しんちゃんさんの旅行記の内容


<< 前の旅行記へ ↑旅行記一覧へ  次の旅行記へ >>

栗山東照宮 日光市野門【旧塩谷郡栗山村野門(のかど)】
関東地方 >> 栃木県 >> 日光・霧降高原
2007年11月05日〜2007年11月05日 / 写真18枚
日光・霧降高原ホテル情報
写真を拡大する

日光東照宮は徳川家康公の墓所です。日光に移転する前は久能山東照宮が家康公の墓所でした。栗山村に東照宮があることは“風の便り”に聞いていました。さぞかし豪華絢爛、まばゆいばかりの神社仏閣であろうと思いましたが・・・こちらの栗山東照宮は戊辰戦争秘話です。野門(のかど)は「平家の落人」(へいけのおちうど)として有名な集落です。「鳴き声をあげる鶏は飼わない」「鯉のぼりは上げない」まさしく秘境、「平家の落人」の栗山東照宮をちょっと紹介します。
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
現在、川俣ダムから国道を下山すると、瀬戸合トンネル・菅峠トンネル・野門トンネルにてあっという間に約200mの標高差を降りる事が出来ます。トンネルが出来る前はクネクネ、急カーブの連続で助手席の方は酔っ払ってしまいます。野門トンネルの南端に「家康の里」の看板があります。
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
急な坂道を車で登って約3分、1000m位でしょうか?集落があります。道路からは見えないそうです。日本にある「平家の落人」集落でも有名のようです。
秘話は「http://www.ktr.mlit.go.jp/kinudamu/pickup/story/04.html」にありました。
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
「栗山東照宮」人に聞くまでも無く、直ぐに分かりました。
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
「栗山東照宮」
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
狭隘な山間部、神社の敷地は急な階段。理解できます。
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
紅葉真っ最中。
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する

日光・霧降高原 写真
写真を拡大する

日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
あれれ!?、東照宮って、豪華絢爛、派手な色合い!カラフルな色彩の神社でないの?
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
残念ながら、歴史を物語る一ページがありました。
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
説明版からです【平家落人の伝説が語り継がれる栗山村で「家康の里」を名乗るここ野門集落は、徳川三代将軍「家康公」の時代に「野門村」として日光御神領に編集された。慶応四年(1867年)に起った、いわゆる「戊辰戦争」の折には会津方の兵士として集落の働き手が徴用され日光と野門村とを隔てる富士見峠*1近くの若狭河原の戦いにニ名の死傷者を出している。混乱していたこの時期会津方は日光東照宮境内に数ある宿坊の中でも由緒ある祀ってあったと思われる「男体山三社神社」と「徳川家康公の御神体」を密かに奉持し富士見峠を越えて僻地の地、野門村に住む「小栗久右衛門」に「肥後守」(会津城主松平容保)の命による左記のお墨付きとともに象牙の白笏を授けて「守護職」を命じた】
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
【この事実を広く世に伝えんと昭和四十年十月、地元奉賛会が中心となり「栗山東照宮」を建立、一般崇啓者の拝礼の対象としたものであります

戊辰元年八月 日
日光御神領野門村
以小栗久右衛門
護職命
明日卯之刻逆賊等
之行為毎告*
祖先之大廟襲之有
念*授白笏比御
神体之守護職命
男体山三社神社
征夷大将軍徳川家康公神体
於戦中
  依肥後守命
大体長  永川小泉】

日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
扁額
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
民宿「一乃屋」さんからのコピーです。【栗山東照宮】 平家落人の伝説が語り継がれる栗山村。『家康の里』を名乗るここ野門集落は、徳川三代将軍「家光公」の時代に野門村として、日光御神領に編入されました。慶応四年(1868年)に起こったいわゆる戊辰戦争の折、上野で敗れた彰義隊の残党が日光山に立てこもったと判断し、総攻撃をかけることになりました。混乱していたこの時期、会津方は、日光東照宮境内にある宿坊に祀ってあったと思われます。「徳川家康公の御神体」と「男体山三社神体」を密かに会津若松城(鶴ヶ城)に移して守ろうとしたが、途中鶴ヶ城がすでに攻撃されていることを知り、野門村に住む「小栗久右衛門(現在の一乃屋の5代前の先祖)に、『肥後守』より上の写真のお墨付とともに、象牙の白笏を授けて『守護職』を命じた。この事実を広く世に伝えんと昭和45年10月地元奉賛会が中心となり、栗山東照宮を設立。一般崇拝者の拝礼の対象としたものです。】HPは「http://www.n−ichinoya.com/kankou.html」です。HPのコピーをして連絡したかったのですが、メルアドが無いため連絡はしていません。念のため!!
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
「家康の里」と称し毎年、東照宮祭が行われるそうです。
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
長屋門の南側に【家康の湯】 があります。内風呂のみで4・5人で満員のお風呂がありました。大人一人、500円。男風呂に一人、お客様が入浴していました。
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
栗山東照宮からの補足です【富士見峠:日光市清滝から北に林道があります。男体山の東側を野州原林道として廻り、志津林道経由で戦場ヶ原に出る事が出来ます。一方、野州原林道はそのまま、富士見峠を越えて野門に抜ける事が出来ます。清滝が標高700m、富士見峠は2036m非常に厳しい山岳越えの峠と思います。大真名子山(2375m)、小真名子山(2323m)の東側で、その東側に帝釈山(2455m)があります。峠越えというより、山岳“山越え”でしょう!】
日光・霧降高原 写真
写真を拡大する
30分の見学でした。民宿は約10件ほどあるそうです。しんちゃんは、2度ほど宿泊しましたが、静か過ぎて困りました。空気は旨い、飯は旨い、酒は旨い!飲みすぎて・・・・二日酔い・・・県道、「栃木県道23号川俣温泉川治線」沿いの看板です。一度見学・宿泊を・・・

<< 前の旅行記へ ↑旅行記一覧へ  次の旅行記へ >>

Copyright(c) 2003-2009 旅行のクチコミサイト フォートラベル All rights reserved.
掲載のクチコミ情報・旅行記・写真など、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。
海外旅行
国内旅行



旅行のまぐまぐ!TOPへ

ジャンル別まぐまぐ!( マネー英語転職育児教育エコ競馬|旅行|資格映画占い懸賞

まぐまぐトップページへ