
写真を拡大する | トロカデロ広場。
7月28日にパリに到着した翌朝、コクリコ妹、ワカたちと訪れた早朝のトロカデロはひとっこ1人いない静かなトロカデロでしたが、午後はこのような賑わい。
物売りもスリたちも仕事に忙しい時間です。
キャーキャー、ワイワイ目一杯楽しんでいるのは最近日本人も韓国人も負けている中国人御一行さま。
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写真を拡大する | で、エッフェル塔の賑わいからほど近くひっそりと佇むパッシーの墓地があります。
墓地のどこからもエッフェル塔が見えると言うなんとも明るく楽しい墓地であります。
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写真を拡大する | よく公園や教会前の広場のベンチに坐って鳩に餌をやってる老女がいるでしょ。
老女と言うにはもうちょっと若いかな?
そんな感じの生前は小鳥の好きだったおばさんのお墓だと思う。
エッフェル塔がちらっとこちらを伺っている。
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写真を拡大する | ?どなたのお墓だか不明。
白い墓石に赤い花や「茅の輪」みたいなリースが飾ってあったり、
ヨヨ、黒っぽいお墓には男女のヌード?
このお墓の下に眠っているお方はどなた様でしょう?
パリのお墓は実に楽しい♪←不謹慎発言m(_ _)m
埋葬されている方や家族の個性が光っています。
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写真を拡大する | 有名人のお墓です。
真ん中のお髭の紳士が印象派の父と言われる画家エドワール・マネ。
コクリコメモによるとマネのお墓の隣に同じ印象派の女流画家ベルト・モリゾのお墓があるはずなんだけど、どのお墓なのだろう。
エドワール・モネの弟のお墓も確かあったはず。
モネの弟とベルト・モリゾは夫婦でしたものね。
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写真を拡大する | マネの有名過ぎるほど有名な《オランピア》の写真を。
オランピアは挑むような目で貴方を睨みつけています。
オルセー美術館にて撮影。
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写真を拡大する | モネやモリゾとなじみの深いマルモッタンのお墓。
そうです、モネやモリゾ、ルノワール、シスレー、シニヤックなど印象派の絵画のコレクションを誇る「マルモッタン美術館」のマルモッタンさんですね。
マルモッタン美術館は16区パッシー墓地の先にあります。
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写真を拡大する | ルノーの墓。
言わずと知れた、あのクルマのルノーですね。
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写真を拡大する | あぁ、ここにあったの!ジャン・ルイ・バローのお墓。
フランスの名優シャン・ルイ・パロー、1994年に84才で亡くなっています。
私が初めて「天井桟敷の人々」を観たのは何回目のリバイバルだったのでしょうか。
見世物小屋の美女ガランヌ(不思議な雰囲気アルレッティ)に淡い恋心を寄せるパントマイム役者のバチスト。
バチスト役がジャン・ルイ・バローでした。
1944年ドイツ占領下の圧迫に耐えマルセル・カルネ監督によってフランスで撮影された映画。
思い入れが多すぎる映画です。
悲しい目をしたパントマイム役者を演じたジャン・ルイ・バローの姿は忘れられません。
豪華なお墓や趣向を凝らしたお墓の中にあって地味なお墓の下で永遠の眠りについているのですね。
バローは日本贔屓でお忍びで何度も来日したとのことです。
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写真を拡大する | イランのプリンセス、Leila PAHLAVIのお墓。
写真を見てもおわかりのように1970年生まれ、亡くなったのは2001年、31年の短い命でした。
イラン革命でフランスに亡命してきたのでしょう。
遠い異国の地に眠っているプリンセス。
生前パリで素敵な恋をしていたのなら良いなぁ。
お参りの人々が絶えないことが捧げられている緑の花々でわかります。
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写真を拡大する | 作曲家フォーレ(1845〜1924)のお墓。
私のフォーレの曲は『シチリアーノ』かな。
シンプルなお墓の真ん中に1輪の赤い花。
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写真を拡大する | 作曲家が続きます。クロード・ドビュッシーのお墓。
つい8月10日にドビュッシーの生まれたサン・ジェルマン・アン・レーに行ってきたばかりです。
ドビュッシーのお墓はサン・ジェルマン・アン・レーではなくパリにあったのです。
サン・ジェルマン・アン・レーで生まれ、幼児期を過ごしただけでその後はなぜだか住まなかったようです。
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写真を拡大する | 天国にいるムッシュウ・ドビュッシーへの手紙が墓石に置かれてあります。
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写真を拡大する | サン・ジェルマン・アン・レイにあるドビュッシーの生家に飾られていたドビュッシーの肖像画。
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写真を拡大する | コスト家のお墓。
日本人には有名ではないですが、なぜか目に止まったお墓なのです。
それはなぜか、、、墓に刻まれたプロペラ機と世界地図。
パリ〜ニューヨークを個人で初めて(だったかな?)飛んだ飛行機野郎のお墓だったからです。
パリ〜ニューヨーク間成功後はどんどん各地に飛んで行ったようです。
年代をメモするの忘れ(>
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写真を拡大する | どこからも、「ヌッ」と現れるエッフェル塔。
エッフェル塔に見守られている墓地のようです。
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写真を拡大する | まるでヴェルサイユ宮殿の「愛の寺」のようなロトンド。階段を下りて行くと中に墓があります。
タレーランの墓所です。
ナポレオン1世、ルイ18世の辣腕の外相。
「会議は踊る、されどすすまず」のウイーン会議のフランス代表。
他の3大墓地に比べ派手なお墓の少ないパッシー墓地の中では目立って大きなお墓です。
さすがタレーラン家、墓=チャペルですな。
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写真を拡大する | タレーランのお墓ほど大きくはないけれどパッシー墓地では次に目立つお墓。
だって、ローマのバチカン、サン・ピエトロ大聖堂にあるミケランジェロのピエタを自分のお墓に飾っているのですもの、いくら模造とはいえ驚きですよね。
聖母に抱かれたイエスを自分になぞらえたのかしらん(^^?)
酸性雨避けにガラスのケースに入っているのがナルホドネ〜現代的であります。
PERENYI de Piemeという名のハンガリーの政治家のお墓です。
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写真を拡大する | 青い馬のモザイク柄のお墓はGerard BRAMIという人のお墓。
最近の人ですよ、有名な人ではないと思いますが1947年に生まれ、2000年に亡くなった男性です。
ヒロトン=トニコ?という芸術家のオリジナル作品を模して亡きジラール・ブラミの友人のテレーズ・トローが作ったらしいです。
ワタクシの全く存じ上げないお人ですが、白、グレーのお墓の中で鮮やかなブルーがひときわ目立ちました。
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写真を拡大する | ジャン・ジロドゥー(1882〜1944)
フランスの劇作家・小説家でかつ外交官のお墓です。
ハーバード大学でフランス語も教えたという大秀才だったようです。
ものすごくシンプルな墓石。
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写真を拡大する | お墓に刻まれたこの植物は何でしょう?
どこの墓地でも、墓石にこの植物が彫られているのをいくつも発見し気になっているのです。
聖なる植物なのかしら。知りたーい。
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写真を拡大する | お墓を見つつ、ふと顔を上げるとそこにはエッフェル塔。
いや〜明るい墓地ですよ〜。
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写真を拡大する | ナポレオン1世の将軍ラス・カーズの墓。
ナポレオン1世がセント・ヘレナ島に流された時に、一緒について行った側近の一人。
ナポレオン1世の「セント・ヘレナ日記」を出版。
3つの石板が並んでいて、オベリスクが立っている不思議なお墓だ。
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写真を拡大する | 最後は墓地の入口近くにあった可愛いお墓。
少年と犬と天使、幼くして天に召された息子のお墓かもしれません。
裕福な家の子で、親からすごく可愛がられていたんだなぁ・・・そんなことを想像してしまうお墓でした。
この日は美術館2ケ所とパッシー墓地を歩いた1日でした。
合掌。
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