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ノスタルジック中近東、バハレーン: 大韓航空機を爆破した、蜂谷夫妻が逮捕されたすぐ後に家族で
中近東 >> バーレーン
1988年03月〜1988年03月 / 写真4枚
バーレーンホテル情報
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1988年3月、2回目のクウェート駐在の2年間を終え、帰国途上、家族を連れて(息子小4、娘幼稚園)バハレーンの首都マナマに、2泊しました。
ワタクシは、中東に関わって以来、中東諸国の殆んどを、何度も訪問していた。
しかし、家族は、中東諸国では、クウェートとエジプト以外は、どこも行ったことがない。
「帰国の途中、どこか良いところに連れてって!」とせがまれて、バハレーンに寄ることにした。
当時、ドバイでもビザが要った。
まず、ビザが要らないバハレーンが行き易かった。
トランジット・ビザが空港で取れたのだ。
仕事でもよく行っていたところだけに、気楽だった。
行きつけのDelmon Hotelに泊まった。
そのころ、日本では、金賢姫(蜂谷 真由美)が大韓航空KL858に爆弾を仕掛けて、バハレーンで逮捕されたニュースが、新聞紙上を賑わしていた。
デルモン・ホテルの従業員に聞いた話。
その蜂谷夫妻(キム・ヒョンヒとキム・スンイル)が、バハレーン空港で逮捕された時わかった。
マナマで泊まった我々のホテルにも、彼らが立ち寄ったというのです。
キム・ヒョンヒが本当に立ち寄ったのか、どうか?
真偽のほどは知りませんが、現地ではそう言われていたのは、事実です。
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写真を拡大する | カメラを持ち歩かなかったので、当時の写真はありません。
マナマで買った、当時の地図の裏に載っていた観光案内写真に、登場して頂きます。
バハレーン島の住民は、殆んどがシーア派イスラム教徒で、イランのイスラム革命以来、バハレーンにも革命が波及するのでは?と危惧されていました。
小さな国で、王様(アミール・カブース、スンニー派イスラム教徒)も体の小さなヒトでした。
かわいらしい国です。
底が砂漠の海にぽつんと残された小さな島で、その殆んどが土漠に覆われています。
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写真を拡大する | この小さな島の真ん中に
「スイート・ウオーター」
の湧き出る井戸があると言うのです。
アラビア湾(ペルシャ湾)に浮かぶ小さな島に、真水の井戸がある?というウソのようなホントでした。
早速、家族でその「アダリの井戸」を見に行きました。
行けば分かります。
本当に真水がコンコンと湧き出でる、結構大きな井戸でした。
地元の子供たちが奇声をあげて、次々と飛び込んだりして泳いでいました。
ちょっと、すくって飲んでみました。
まさに、砂漠のなかの「スイート・ウオーター」でした。
かなり美味しい水でした。
後日分かったことですが、このバハレーンは、紀元前2500年くらいに、インダス文明とメソポタミヤ文明の交易の拠点だった、として知られていました。
実際に、インダスの印章が掘り出されています。
そのころ、メソポタミヤの粘土板クサビ文字の文献には、この島のことを
”Dilmun or Delmon"っと呼んでいた。
それで現在、ホテルの名前にDelmon Hotelというのがあるわけです。
つまり、この井戸は、はるか4500年前にもスイート・ウオーターを湧き出し、古代の船乗りや貿易商人の喉を潤していたのだ。
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写真を拡大する | これが当時の首都マナマの中心街。
ワレワレは、この島に2泊してから、香港経由で帰国しました。
帰国してからは、金賢姫のニュースを見るたびに
「この金賢姫が滞在したすぐ後に、私等も居合わせたんやあ」
っと、言い合って、バーレンを思い出しています。
Delmon Hotelはこの中心街近くにありました。
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写真を拡大する | 当時のマナマ市内地図です。
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