
写真を拡大する | 首都ソフィアのホテル「Light」
HRSで予約 一泊38ユーロ。朝食付き。
霧が晴れた最終日の朝に撮影。
空港から送迎を呼んだ。10ユーロ。
市バスがあるみたいだが、送迎かタクシーが無難。
運転手に日本人と言うと、テクノロジーの国からいらしたのですねと言って喜んでいた。
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写真を拡大する | ホテルの内装。
フロントのスタッフは丁寧でフレンドリーだった。
皆、素朴な感じがする。
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写真を拡大する | 可もなく不可もない普通のビジネスホテルだ。
ジムやサウナもある。
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写真を拡大する | バスルームはきれい。
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写真を拡大する | 翌朝、8時。
廃屋のような家と、残雪、そして濃霧。
うーん、大丈夫かソフィア。
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写真を拡大する | レストランで朝食。
眠そうで愛想が悪いが、美人のおねえさんがお湯の入ったマグカップとティーバッグを持ってきた。
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写真を拡大する | パンを食べた後に、撮った。
ヨーグルトは、なんてことない味。日本の○○ガリア・ヨーグルトに味が似ていた、と思う。
ヨーグルトの語源はトルコ語「yogurmak」(撹拌する)なので、別にブルガリアだけがヨーグルトの産地でもない。日本での宣伝が上手かっただけだ。
ヨーグルトより、バターとはちみつが美味。
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写真を拡大する | 食べ終えて、地図をもらい。
バスターミナル(徒歩15分)へ向かう。
濃霧。何も見えないじゃねえか。
不安になったので、その辺の警官に「ツェントラルナ・アフトガラ(中央バスターミナル)」と言って、存在すると思われる方向を指さしてみた。
どうやらあっているようだ。
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写真を拡大する | 到着。何も見えない。
こんな状態で、バスは運行しているのか??
まあ、客を乗せたタクシーが動いているから大丈夫でしょう。
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写真を拡大する | 普通の高速バス。
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写真を拡大する | 切符。ロシアと同じキリル文字で書かれているので一瞬戸惑う。
上から、
赤印:「ビレット(切符)」→トルコ語と同じ。
桃印:行き先。左側が「プロブディフ行き」、右側が「ソフィア行き」
黄印:のりば 左が6番、右が3番
黒印:座席番号 左が16番、右が19番
青印:料金 13レバ(676円)
距離は130km。所要2時間強
ブルガリアの通貨「レバ」はユーロとの固定レート。
1ユーロ=1.95レバ
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写真を拡大する | 霧がなかなか晴れないソフィア市内。
太陽もぼんやり。幻想的といえばそうかも。
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写真を拡大する | 霧が晴れた。
雪原。見るからに寒そう。実際寒い。
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写真を拡大する | プロブディフのバスターミナル
「アフトガラ・ユク」(南ターミナル)に到着。
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写真を拡大する | トルコのイスタンブールやブルサまで直通バスがある。
ブルサとは姉妹都市なのだそうだ。
イスタンブールまで所要7時間。1日6便。時刻表は写真の通り。
始発のソフィアからだと所要9時間。
ブルガリア人の顔、トルコ人とそっくり。
同じスラブ人でもスロバキアと全然違う。言葉は似ているようだけど。
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写真を拡大する | なんとなく寂れた感じの街並みを行く。
ホコリで汚れた車はスロバキアでは見られなかった。
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写真を拡大する | 中央広場に行くと、古本市。
プロブディフは文化都市らしい。
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写真を拡大する | 観光案内所。
地図をもらう。
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写真を拡大する | ローマの遺跡。雪とは不釣り合いのような気もする。
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写真を拡大する | 2005年に修復されたという。
古代ギリシャ語名「フィリッポ・ポリス」が見える。
坂の多い町だった。
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写真を拡大する | ブルガリア式洋館。ピンクの色使い。
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写真を拡大する | さりげないオブジェ的絵画は、トルコにはあまり見られず、ヨーロッパ的だ。
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写真を拡大する | ホコ天の大通りに出た。
直進すると旧市街へ入る。
プロブディフの人口は40万。適当に都会で適当に田舎でいい感じ。
欠点は、ブルガリア語が難しいこと。
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写真を拡大する | 劇場前のオブジェ。
テアトロとの文字が下に見える。
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写真を拡大する | どん突きに、モスク。
工事中のところはジュマヤ広場。
モスクは「ジュマヤ・ジャーミア」という。
ジャーミア=ブルガリア語
ジャーミ=トルコ語
トルコ語からの借用語かな。
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写真を拡大する | イスラム式の日時計?
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写真を拡大する | モスクの入り口。参観は自由だ。
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写真を拡大する | 内装は立派だ。オスマン帝国、ムラト1世時代(1362〜89)の創建。
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写真を拡大する | 隣は公民館みたいになっていて、イスラム神学校(メドレセ)もあったと思う。
看板はブルガリア語、トルコ語で併記されている。
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写真を拡大する | トルコ語名「フィリベ」の文字が見える。
フィリッポスの町プロブディフ。アレキサンダー大王の父親の名前。
現代ギリシャ語名は「フィリプーポリ」
ブルガリアのイスラム教徒は全体の約10%。
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写真を拡大する | 激甘お菓子(バクラワ)の店を抜ける。
イスタンブールと売っているものは同じ。
屋号の左は「シェケル」(トルコ語で砂糖の意味)と読める。
・・・ということは、デザート屋という感じの屋号なのかな??
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写真を拡大する | モスクその2。
「イマレット・ジャーミア」、イマレットはトルコ語で救貧院の意味。
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写真を拡大する | 残雪で滑りそうになりながら進む。
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写真を拡大する | 絵がないので簡素に見える。
中で暖を取っている老人がいたので撮影の許可を得ておいた。
ガイドブックのブルガリア語会話が役に立った。
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写真を拡大する | 壊れた石碑。アラビア文字。
何語なのかは不明。
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写真を拡大する | プロブディフには、やたらと古本屋が多い。
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写真を拡大する | ワインの屋台。
皆、2リットルくらいのペットボトルを持参して、巨大な樽から入れてもらっていた。
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写真を拡大する | 旧市街の外れにあるブルガリア式家屋。
トルコには無い色使いだ。
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写真を拡大する | 処女マリア教会へ。
雪かき要員が出動中!
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写真を拡大する | きれいな内装。これぞ「正教会」って感じ。
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写真を拡大する | フレスコ画もご立派。
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写真を拡大する | 教会を出るとアンティークショップが並ぶ。
ブルガリアの歴史に関する本(地図付き、1917年出版)を購入。
35レバ(1820円)
値切りもせずクレカで即決。いろんな骨董品があった。
値切る方法を知らないし。。いいや。
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写真を拡大する | このブルガリア式建物は、美術館になっている。
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写真を拡大する | 色つき木造伝統家屋が並ぶ。
壁が白かったらトルコ式家屋だ。
2階が出っ張っているのも同じ。
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写真を拡大する | ここはドミトリーもある格安ゲストハウス。
一泊10ユーロから。重厚な作り。
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写真を拡大する | 旧市街の街並みはこんな感じ。
色つき壁のトルコ・サフランボルだ。似ている。
http://4travel.jp/overseas/area/europe/turkey/safranbolu/
モスクの代わりに教会があることが違うだけでは?
そういえば、プロブディフもサフランボルもイスタンブールから車で7時間だなあ。
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写真を拡大する | 聖ヘレナ教会の入口。きれいなフレスコ画。
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写真を拡大する | 上り坂を行くと、
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写真を拡大する | 丘の上に到着。
「ネベット・テペ」という。
「テペ」はトルコ語と同じで丘の意味。
氷雪の大地!溶けないよ。滑って転落しないようにしっかり踏みしめる。
この日は、朝マイナス8度、昼プラス8度くらいだったという。
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写真を拡大する | 石炭ストーブのせいでスモッグが。。
天気はいいけど、結構臭いよ。
シーズンは夏かなあ。ブルガリア人は、夏は40度になって暑いから嫌だというけれど。。
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写真を拡大する | 丘から下りて、「ヒサル・カピヤ」という名前の門。
ヒサル:砦(トルコ語と同じ)
カピヤ:門(トルコ語「カプ」)
プロブディフは、トルコの田舎によく似ている。
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写真を拡大する | でも、色使いが、トルコと違うなあ。
トルコだったら、木の色をそのままにして、ニスを塗るか、白色の壁にするか、がメジャーだ。
ギリシャっぽい気もするけど、これがオリジナルの「ブルガリアン・カラー」だということにしておこう。
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写真を拡大する | 滑りやすいだけでなく、屋根から固いアイスバーンが時々落ちてくるので、死の危険あり。これ本当。
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写真を拡大する | ホテル兼レストラン。ここで食べようと思ったが、閉まっていた。
まあ、今は客もいないよね。
門の上の屋根のまあるい出っ張りが「ブルガリア民族復興様式」だそうだ。
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写真を拡大する | ローマの円形劇場遺跡に到着。3レバ(156円)
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写真を拡大する | 民族復興様式の洋館、教会、遺跡。2000年が会同している。
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写真を拡大する | 劇場に座るネコ。
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写真を拡大する | 柵、手すりは、無し。残雪で路面が悪く、死と隣り合わせ!
券売のおっちゃんに「気をつけるように!」と言われていた。
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写真を拡大する | 窓からは、
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写真を拡大する | 中央広場にあるトルコ資本のホテル「DEDEMAN」が見える。
隣の大国、トルコの影響も強い。
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写真を拡大する | さて、坂を下って、
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写真を拡大する | 「ブルガリア民族復興博物館」なるものに向かう。
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写真を拡大する | 木造家屋。ミシミシ言わせながら見学。
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写真を拡大する | 絵画、1856年のプロブディフ中心街。
右奥にモスクの尖塔。
左奥に教会らしきものが見える。
繁栄がうかがえる。
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写真を拡大する | アルメニア語で書かれた資料。全く読めない。
商才に長けたアルメニア商人が住んでいて、帝都イスタンブールとの間を往来していたという。
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写真を拡大する | そうかと思ったら、洋風なダイニング。
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写真を拡大する | 遊牧民的な、ブルガリアのじゅうたん。
これもトルコとそっくりだね。
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写真を拡大する | さて遅い昼食。3時ごろ。
レストラン「トラぺジカ」
ローカルな人間が入っていそうな、流行っていそうな、食堂っぽいレストランを選んだ。
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写真を拡大する | 店内。
親切な店主が、英語で話しかけてきてくれ、英語のメニューは無いんですって、ブル語のを見て、トライしてみてっ!って。
はい、わかりしたっ。
これ幸いと、琴欧洲について聞いてみたが、日本の相撲も何か知らないというのであきらめた。自分の英語表現力の問題かも。
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写真を拡大する | かろうじて「シュケンベ・チョルバ」が読めたので、試してみた。白ワインとともに。
これ、羊とか牛とかの臓物スープ。
日本のシメのラーメンみたいな感じ。2日酔いに聞くとか。今日はシメじゃないんだけど、飲んだ後には、クセになりそうな味。気に入ったが、好き嫌いが別れそうな味。
トルコにもギリシャにもある。トルコ語で「イシュケンベ」
イスタンブールでシメの一杯を体験した。別編にて。
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写真を拡大する | ショプスカ・サラタ
下ろした白チーズをかけた野菜サラダ。
チーズの下は、トマト、タマネギ、キュウリ。
お好みで、ビネガーとオリーブオイルをかける。
ギリシャのやつは、豆腐のような白チーズの塊がボンッとのっている。
トルコのやつは、サイコロ状の白チーズが和えられている。
3か国とも、野菜の種類は一緒だ。
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写真を拡大する | ガヴァルマ(煮込みのオーブン焼き)くださいって言うと、
豚か鶏かと言われたので、豚をオーダー。トルコに帰ったら食えないしね。
激辛小粒トウガラシが乗っている。
うまい!
この料理、トルコにもギリシャにもある。名前まで同じとは。。
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写真を拡大する | デザートも食う元気があったので、コーヒーとバクラワ。
トルコ・コーヒー、ギリシャ・コーヒー、ならぬブルガリアン・コーヒー
上澄みだけを飲む。
激甘ピスタチオ・パイ+激甘糖蜜の「バクラワ」。これも、トルコ、ギリシャと名前が同じ。
味に違いは。。。ない。どれもおいしいけど、よく似ているなあ。
全部で16.5レバ(858円)
結局、満腹のため、晩飯は食べられず、昼晩兼用に。
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写真を拡大する | 旧市街の夕闇。とある教会の庭から。4時の鐘が聞こえる。
キリスト教主体の世界なのに、モスクの尖塔が映える。
スロバキアのオーストリア的世界とは全然違う。オスマン帝国的世界に戻った。
いい時間だ。ソフィアに帰ろう。
というかここで2泊した方が面白かったな。
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